人生はバランスが大事?極端に偏らず自分らしく生きるための考え方

人生はバランスが大事?仕事・健康・人間関係・自分の時間・挑戦・休息のバランスを表したイメージ 人生、生きかた

人生はバランスが大事?仕事・健康・人間関係・自分の時間・挑戦・休息のバランスを表したイメージ

「人生はバランスが大事」とよく言われます。仕事と私生活、挑戦と慎重さ、ポジティブとネガティブ、人との時間と一人の時間など、私たちの生活はいくつもの相反する要素の間で成り立っています。

ただ、バランスを取ることは、何でも50対50にすることではありません。 仕事に集中すべき時期もあれば、健康や家族を優先した方がいい時期もありますし、思い切って行動した方がいい場面もあれば、一度立ち止まった方がいいこともあります。

大切なのは、どちらか一方を「正しい」と決めつけるのではなく、そのときの自分や状況に合わせて、ちょうどいい位置を探し続けることなのだと思います。

私自身もこれまで、仕事、勉強、健康、断酒など、何か一つに強く集中する時期を何度も経験してきました。その中で感じるようになったのが、極端な生き方は一時的には力になっても、長く続けるためにはどこかで調整が必要になるということです。

この記事では、なぜ人生にはバランスが必要なのか、バランスと「中庸」はどう違うのか、あえて偏った方がいい時期もあるのかについて考えていきます。仕事・健康・人間関係などの具体例や、著名な本で語られている考え方も参考にしながら、自分に合ったバランスの見つけ方まで整理してみます。

「何事もバランスが大事」とは、結局どういうことなのか。

その答えを、できるだけ現実の生活に使える形で考えていきます。


  1. なぜ人生にはバランスが必要なのか
    1. すべてを100点にすることはできない
    2. 「0か100か」で考えると人生は苦しくなる
  2. 「中庸」とは平均ではなく、状況に応じた最適点
    1. アリストテレスが考えた「ちょうどよさ」
    2. バランスは固定されたものではない
    3. バランスを取ることは「ほどほどに生きる」ことでもない
  3. ときには意図的に偏ることも必要
    1. 何かを選ぶことは、何かを選ばないことでもある
    2. 短期的には偏っても、長い目でバランスを取ればいい
    3. 問題なのは、偏りを放置してしまうこと
  4. 仕事・健康・人間関係・自分の時間の整え方
    1. 仕事|大切だからこそ「どこまでやるか」を考える
    2. 健康|人生の土台だからこそ、目的にしすぎない
    3. 人間関係|大切な人とのつながりを後回しにしない
    4. 自分の時間|何もしない時間にも意味がある
    5. 4つを均等にする必要はない
  5. 自分に合ったバランスを見つける5つの視点
    1. 1.今、自分が一番大切にしたいものは何か
    2. 2.そのために、何を犠牲にしているかを見る
    3. 3.それは「自分で選んだバランス」なのか
    4. 4.「いつまでこの配分を続けるか」を決める
    5. 5.「崩れないこと」より「戻れること」を大切にする
    6. 自分のバランスは、ときどき定期点検する
  6. 私自身が「極端では続かない」と感じた経験
    1. 一つのことに集中する力は、決して悪いものではない
    2. ただ、一つのことが人生全体になってしまうと苦しくなる
    3. 「正しく生きること」にもバランスがある
    4. 今の私は「整える」という言葉が一番しっくりくる
  7. まとめ|正解ではなく、自分で調整し続ける
    1. 「バランスが大事」は、無難に生きるという意味ではない
    2. 自分にとっての「ちょうどいい」は、自分で決める
    3. 崩れたら、また整えればいい

なぜ人生にはバランスが必要なのか

人生でバランスが大切なのは、私たちが一つのことだけをして生きているわけではないからです。仕事も大切ですし、健康、人間関係、お金、自分の時間など、どれも人生を構成する大切な要素です。

ところが、時間や体力、集中力には限りがあります。仕事だけを最大限にしようとすれば睡眠や家族との時間が減るかもしれませんし、健康だけを気にしすぎれば、今度は人生を楽しむ余裕がなくなるかもしれません。

つまり人生では、「何を一番大切にするか」だけではなく、「複数の大切なものをどう共存させるか」を考える必要があります。

すべてを100点にすることはできない

オリバー・バークマンの『限りある時間の使い方』では、人の人生をおよそ4000週間という有限の時間として捉え、すべてを効率よくこなそうとする発想そのものを問い直しています。人生には限りがある以上、何もかも完璧にこなすことはできない、というところから考え始める本です。

私たちはつい、「仕事でも成功したい」「健康でもいたい」「家族との時間も欲しい」「趣味も楽しみたい」「もっと勉強したい」と考えます。もちろん、それ自体は悪いことではありませんが、限られた時間の中ですべてを同時に100点にしようとすると、どこかに無理が出てきます。

だから必要なのは、すべてを完璧にすることではなく、今の自分にとって何に時間とエネルギーを多く使い、何を少し減らすのかを選ぶことなのだと思います。

「0か100か」で考えると人生は苦しくなる

バランスを崩しやすい原因の一つが、物事を両極端で考えてしまうことです。「頑張るか、怠けるか」「ポジティブか、ネガティブか」「挑戦するか、諦めるか」のように、二択で考えると息苦しくなります。

2025年に出版された『偏らない生き方』でも、「0か100か」「白か黒か」という思考から離れ、その間にある選択肢を見ることの大切さが扱われています。現実の人生では、多くのことが二択ではありません。

頑張る時期があってもいいし、休む時期があってもいい。基本的には前向きでも、リスクを考えるときには慎重になっていいし、自分の意見を大切にしながら、必要なときには人に合わせることもできます。

人生には「正しい側」と「間違った側」があるというより、その間のどこに自分を置くかを考える場面の方が多いのではないでしょうか。

「中庸」とは平均ではなく、状況に応じた最適点

「何事もバランスが大事」と聞くと、「結局、何でもほどほどにしておけばいいということ?」と思うかもしれません。しかし、私が考えるバランスは、単純に真ん中を選ぶことではありません。

むしろ、そのときの自分や状況に応じて、どこに重心を置くのがよいのかを考えることに近いと思います。この考え方を理解するうえで参考になるのが、古くから語られてきた「中庸」です。

アリストテレスが考えた「ちょうどよさ」

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは『ニコマコス倫理学』の中で、人の徳を「過剰」と「不足」の間にあるものとして考えました。有名なのが「勇気」の例です。

危険を恐れすぎて何もできなくなれば「臆病」になりますが、反対に危険をまったく考えず突っ込んでいけば「無謀」になります。その間にあるのが「勇気」ですが、これは臆病と無謀のちょうど50対50を選べばいい、という意味ではありません。

その人、その場面、その状況によって適切な行動は変わります。普段なら慎重に考えることが大切でも、すぐに行動すべき場面もありますし、大きなお金を動かすような判断では、いつも以上に慎重になった方がいいこともあります。

つまり、中庸とは「何でも真ん中」ではなく、その状況にとってのちょうどよさを判断することだと考えると分かりやすいと思います。

バランスは固定されたものではない

人生についても同じです。仕事50%、家庭50%にすれば、必ずバランスが取れているわけではありません。

子どもが生まれたばかりなら家庭を優先していいでしょうし、大きな仕事に挑戦する数か月なら仕事に多くの時間を使ってもいい。体調を崩しているなら、健康を最優先にする必要があります。

つまり、バランスが取れている状態とは、すべてが均等な状態ではありません。 今の自分にとって大切なものに、必要なだけ時間やエネルギーを配分できている状態です。

昨日の自分にとってちょうどよかった配分が、今日も正しいとは限りません。環境や年齢、体調、目標が変われば、仕事、お金、健康、人間関係、自分の時間に使う割合も変わっていきます。

バランスを取ることは「ほどほどに生きる」ことでもない

もう一つ誤解したくないのは、バランスを大切にすることが、何事にも本気にならないことではないという点です。私はむしろ、ときには一つのことに大きく集中する時期があってもいいと思っています。

試験前に勉強へ集中したり、新しい仕事を始めたときに仕事へ力を注いだり、健康を立て直すために生活習慣を大きく変えたりすることはあります。一時的に偏ることそのものが問題なのではありません。

大切なのは、なぜ今そこに力を使っているのかを自分で分かっていることです。そして、その時期が終わったら、必要に応じてまた配分を変える。

私は、人生のバランスとは一度「正解」を見つければ終わるものではなく、その時々の状況を見ながら調整し続けるものなのだと思っています。

ときには意図的に偏ることも必要

ここまで見てきたように、人生ではバランスが大切です。ただ、それは「いつでもすべてを均等に保たなければならない」という意味ではありません。

むしろ人生には、何か一つに大きく時間やエネルギーを注いだ方がいい時期があります。資格試験の直前、新しい仕事を始めたとき、どうしても身につけたい能力があるときなど、一時的に大きく偏ることは自然です。

大切なのは、無自覚に偏ってしまうことと、自分で目的を持って偏ることは違うということだと思います。

何かを選ぶことは、何かを選ばないことでもある

グレッグ・マキューンの『エッセンシャル思考』では、何でもこなそうとするのではなく、本当に重要なものを選ぶという考え方が紹介されています。「より少なく、しかしより良く」という考え方です。

時間が10しかないのに、仕事にも10、家族にも10、勉強にも10、趣味にも10使うことはできません。どれかに多く使えば、別の何かに使える時間は減ります。

私たちはつい「全部ちゃんとやらなければ」と考えてしまいます。しかし、本当に大切なのはすべてを平等に扱うことではなく、今の自分にとって何に多く配分するべきかを自分で決めることではないでしょうか。

短期的には偏っても、長い目でバランスを取ればいい

私は、人生のバランスを考えるときには、「今日のバランス」と「人生全体のバランス」を分けて考えると分かりやすいと思います。

たとえば1年間を振り返ったとき、仕事に集中した3か月があり、勉強に集中した時期があり、家族との時間を増やした時期や、ゆっくり休んだ時期があってもいい。一日だけを切り取ればかなり偏っていても、長い期間で見れば全体として釣り合っていることがあります。

逆に、毎日すべてを少しずつやろうとすれば、何一つ深く取り組めなくなることもあります。人生には、「今はこれに集中する」という季節があっていいのだと思います。

仕事に力を入れる季節もあれば、自分を立て直す季節、学ぶ季節、休む季節もある。その時々で大切なものが変わること自体は、バランスを失っていることではありません。

問題なのは、偏りを放置してしまうこと

注意したいのは、一時的な集中がいつの間にか「当たり前」になってしまうことです。「この半年だけ仕事を頑張ろう」と思っていたのに、気づけば何年も仕事以外を後回しにしていることがあります。

節約や健康管理でも同じです。最初は目的のために始めたことが、いつの間にかルールを守ること自体が目的になれば、自分で偏っているのではなく、偏りに自分が支配され始めています。

だから、ときどき「今のこの偏りは、自分で選んでいるのか。それとも、やめ方が分からなくなっているだけなのか」と考える必要があります。

私は、必要なら思い切って偏る。ただし、ときどき全体を見る。 そのくらいの柔軟さが、現実の人生には合っているように思います。

バランスを取る能力とは、常に真ん中にいる能力ではなく、偏ったあとに必要なら戻れる能力なのかもしれません。

仕事・健康・人間関係・自分の時間の整え方

では、人生のバランスを実際にはどのように考えればよいのでしょうか。私は、一度「仕事・健康・人間関係・自分の時間」という4つの領域に分けて生活を眺めてみると、分かりやすいと思います。

もちろん人生はこの4つだけでできているわけではありません。お金、学び、趣味などもありますが、まず主要な領域を見るだけでも、自分がどこに偏っているのかが見えやすくなります。

仕事|大切だからこそ「どこまでやるか」を考える

仕事は人生の大きな部分を占めます。生活のためのお金を得るだけでなく、成長したり、人に必要とされたり、何かを達成したりする場所でもあるので、一生懸命になること自体は悪いことではありません。

ただ、仕事には明確な終わりがありません。もっと成果を出そうと思えばいくらでも時間を使えるため、気づけば仕事をしていない時間まで、頭の中は仕事で埋まってしまうことがあります。

だから仕事と生活のバランスを考えるときには、「何時間働くか」だけではなく、仕事をしない時間に本当に仕事から離れられているかを見ることも大切です。集中する時期があってもいいですが、終える時間も自分でつくる必要があります。

健康|人生の土台だからこそ、目的にしすぎない

健康は仕事や趣味とは少し違い、ほかのことを行うための土台です。体調を崩せば、仕事も旅行も、人に会うことも、何かに挑戦することも難しくなります。

だから睡眠、食事、運動、休息などを大切にすることは、人生全体を整えることにつながります。ただ、健康のためにあらゆることを厳格に管理するようになると、今度は健康管理そのものがストレスになることもあります。

健康のために人生があるのではなく、人生を生きるために健康を整える。 その順番は忘れない方がいいと思います。

人間関係|大切な人とのつながりを後回しにしない

人間関係は、人生のバランスを考えるときに意外と後回しになりやすいものです。仕事の成果や貯金額、勉強時間などは数字で見えますが、人とのつながりは数字にしにくいからです。

忙しくなると「落ち着いたら会おう」「また今度連絡しよう」と後回しにしがちです。1938年から続く「Harvard Study of Adult Development(ハーバード成人発達研究)」でも、長期的な追跡を通して、良好な人間関係が幸福だけでなく健康とも深く関係することが示されてきました。

だからこそ、忙しいときほど「最近、大切な人とちゃんと話しているだろうか」と振り返る必要があります。だからこそ、忙しいときほど「最近、大切な人とちゃんと話しているだろうか」と振り返る必要があります。

たくさんの人と付き合う必要はありません。家族、友人、パートナーなど、自分にとって本当に大切な人との関係を失わないことの方が重要だと思います。

自分の時間|何もしない時間にも意味がある

そして、もう一つ忘れたくないのが自分の時間です。仕事をし、家族のために動き、人と会い、勉強して一日が終わるという生活では、自分が本当はどう感じているのかを考える余裕がなくなります。

散歩する、本を読む、コーヒーを飲む、ぼんやりする、一人で考える。そうした時間は一見すると「何もしていない時間」に見えますが、私は自分の人生を少し離れたところから眺める時間でもあると思っています。

「最近少し無理をしていないか」「本当にこれでいいのか」「今、自分は何を大切にしたいのか」。忙しく動いている最中には考えにくいことを確認するためにも、自分の時間は必要です。

4つを均等にする必要はない

ここまで4つに分けてきましたが、仕事25%、健康25%、人間関係25%、自分の時間25%にすればいいという話ではありません。今は仕事60%でもいいですし、健康を立て直しているなら、健康を最優先にしてもいいでしょう。

重要なのは割合そのものではなく、どこか一つが他のすべてを壊すほど偏っていないかを見ることです。仕事に集中しすぎて健康を壊していないか、人のために動きすぎて自分の時間を失っていないか、ときどき全体を確認します。

すべてを最高の状態にする必要はありません。「今、一番崩れているところはどこだろう」と考えて、そこを少し戻すくらいの方が、現実の人生では使いやすいと思います。

自分に合ったバランスを見つける5つの視点

人生のバランスには、誰にでも共通する正しい割合があるわけではありません。仕事をどれくらい優先するか、人付き合いにどれだけ時間を使うか、お金を使うか貯めるかといったことは、年齢や環境、体調、目標によって変わります。

だから大切なのは、他人の理想的なバランスをまねすることではなく、今の自分に合った配分を見つけることだと思います。そのために、次の5つの視点から考えてみると分かりやすくなります。

1.今、自分が一番大切にしたいものは何か

最初に考えたいのは、「今の自分にとって、何が一番大切なのか」です。人生全体で一番大切なものを決める必要はなく、「今」という期間で考えれば十分です。

今は仕事で結果を出したい、健康を立て直したい、家族との時間を優先したい、勉強に集中したい。そうした優先順位は、その時期ごとに変わって当然です。

問題は優先順位が変わることではなく、何も決めないまま、目の前にあるものすべてに反応し続けることです。「今はこれを選ぶ」と決めることが、バランスをつくる最初の一歩だと思います。

2.そのために、何を犠牲にしているかを見る

何かに力を入れれば、必ず別の何かが減ります。仕事を増やせば睡眠が減るかもしれませんし、勉強に集中すれば家族との時間が減るかもしれません。

一時的に何かを減らすこと自体は悪くありません。ただ、得ているものより失っているものの方が大きくなってきたら、バランスを見直すサインです。

たとえば仕事で成果を出すために睡眠を少し削った結果、体調を崩して仕事のパフォーマンスまで落ちているなら、本来の目的から外れています。だから「今、何を得ているか」だけではなく、「そのために何を失っているか」も一緒に見る必要があります。

3.それは「自分で選んだバランス」なのか

同じように忙しく働いていても、自分で選んで働いている場合と、「働かなければならない」と思って働いている場合では感じ方が違います。人付き合いや健康管理なども同じです。

周囲には「もっと働くべきだ」「もっと稼ぐべきだ」「人付き合いを大切にするべきだ」「いつも前向きでいるべきだ」といった価値観がたくさんあります。それらに流されていると、いつの間にか他人の基準で自分の人生の配分を決めてしまいます。

だから、ときどき「これは本当に自分が望んでいることだろうか」と考えることが必要です。自分らしいバランスとは、誰かから見て理想的な状態ではなく、自分が納得して選んでいる状態なのだと思います。

4.「いつまでこの配分を続けるか」を決める

何かに集中するときには、期間を意識することも大切です。「この3か月は資格試験を最優先にする」「この仕事が終わるまでは仕事に集中する」というように、ある程度の区切りをつくります。

期間を決めておけば、一時的な偏りが永遠の生活になりにくくなります。「今だけ忙しい」と思っていたのに何年も忙しい状態が続いている、ということは珍しくありません。

だから、「いつまでこの偏りを許すのか」をあらかじめ考えておく。そして、その時期が来たら一度立ち止まって、今の配分を続ける必要があるのかを見直します。

5.「崩れないこと」より「戻れること」を大切にする

人生のバランスは必ず崩れます。忙しくなることもあれば、体調を崩すことも、人間関係で悩むこともあります。

だから、ずっと完璧な状態を維持しようとするより、崩れたことに気づいたときに戻せる方が現実的です。最近睡眠が減っている、仕事のことばかり考えている、人と会う余裕がなくなった、と気づいたら少し調整します。

私は、人生のバランスを自転車に少し似たものだと思います。自転車も完全に静止したまま真っすぐ走るのではなく、細かく左右へ修正しながら前へ進みます。

人生も同じで、少し偏り、気づいて戻し、また別の方向へ偏ったら調整する。その繰り返しなのだと思います。

自分のバランスは、ときどき定期点検する

ここまでの5つを、ときどき自分に問いかけてみるだけでも十分です。

  • 今、一番大切にしたいものは何か
  • そのために何を犠牲にしているか
  • これは自分で選んでいるか
  • この配分をいつまで続けるのか
  • 最近、戻した方がいいところはないか

毎日考える必要はありません。生活が苦しくなってきたときや、何となく違和感を感じたときに一度確認するだけでも、自分が一方向へ偏りすぎていることに気づきやすくなります。

そして、ここまで書いてきた「バランス」という考え方は、私自身にとっても単なる理論ではありません。振り返ってみると、私も何度も一つのことに強く偏り、そのたびに「これで本当にいいのだろうか」と考えてきました。

次は少しだけ、私自身が実際に感じてきた「極端さ」とバランスについて書いてみたいと思います。

私自身が「極端では続かない」と感じた経験

ここまで少し理屈の話が続きましたが、私が「人生はバランスが大事だ」と考えるようになったのは、本を読んだからだけではありません。振り返ってみると、私自身が何か一つに強く集中し、ときにはかなり極端になりながら生きてきたからだと思います。

私は、何かを始めるとかなり力を入れるタイプです。仕事でも、英語学習でも、健康についても、「やるなら徹底的にやりたい」と考えて取り組んできました。

それによって得られたものもたくさんあります。中途半端に取り組むより、一定期間一つのことに集中したからこそ到達できたところもあったと思っています。

一つのことに集中する力は、決して悪いものではない

たとえば英語学習では、オンライン英会話のBizmatesを約480日続け、Level 5まで修了しました。毎日のようにレッスンを受け、予習や復習を続けていた時期もあり、振り返ればかなり英語に時間とエネルギーを使っていたと思います。

でも、そこまで集中したからこそ身についたものもありました。何かを習得するためには、いつでも「バランスよく少しずつ」ではなく、ある時期に一つのことへ思い切って時間を使うことも必要だと感じています。

断酒も同じです。私は7年以上、お酒を「少し飲む」「ほどほどに飲む」のではなく、完全に「飲まない」という選択を続けてきました

一見すると、これはかなり極端な選択です。しかし、何についても中間を選ぶことがバランスではありません。目的によっては、一度大きく振り切ることが、その後の人生を整えることにつながる場合もあるのだと思います。

ただ、一つのことが人生全体になってしまうと苦しくなる

一方で、何かに集中することと、それ以外が見えなくなることは違います。目標を達成することだけを考えていると、いつの間にか「何のためにこれをやっているのか」が分からなくなることがあります。

健康になるために生活を整えていたはずなのに、ルールを守ることに必死になる。成長するために勉強していたはずなのに、休むことに罪悪感を持つようになる。

私自身も、何かを良くしようと思うほど力が入りすぎてしまうことがあります。そんなときには、部分的には「正しいこと」をしているのに、人生全体で見ると苦しくなっていることがありました。

正しいことでも、やりすぎれば自分を苦しめることがある。

この感覚は、今の私が「バランス」という言葉を大切にする大きな理由の一つです。

「正しく生きること」にもバランスがある

これは行動だけではなく、考え方についても同じだと思っています。誠実でいたい、努力したい、自分に責任を持ちたいという考えは、今でも私が大切にしているものです。

ただ、それをあまりにも強く求めると、「もっと正しくしなければ」「もっと頑張らなければ」と、自分自身を追い込む方向に向かうこともあります。正しさを求めるあまり、自分にも他人にも余裕がなくなってしまえば、本来望んでいた生き方とは違ってしまいます。

だから最近は、正しく生きようとすることと、自分を許すことの間にもバランスが必要なのだと思うようになりました。努力することと休むこと、自分に厳しくすることと優しくすることも、どちらか一方だけが正解ではありません。

今の私は「整える」という言葉が一番しっくりくる

以前の私は、バランスというと「真ん中に戻す」というイメージを持っていたように思います。今は少し違って、その時々の自分を見ながら、必要なところを調整していくことだと考えています。

仕事に集中しているなら、そのまま進んでいい。ただ、睡眠や健康が崩れ始めたら少し戻す。

休んでいるなら、それも必要な時間ですが、休むことが惰性になってきたと感じたら少し動き始める。人のために頑張っているならそれも大切ですが、自分の気持ちが置き去りになっていると気づいたら、自分のための時間を増やす。

そうやって一度決めた正解に自分を合わせ続けるのではなく、今の状態を見ながら、その都度少しずつ調整する。 私にとっては、それが「整えて生きる」ということなのだと思います。

人生はずっと同じ状態ではありません。環境も、自分の考えも、体力も、守りたいものも変わっていきます。

だから、昔の自分にとって正しかったバランスが、今も正しいとは限りません。変化する自分に合わせて、バランスも変えていけばいいのだと思っています。

まとめ|正解ではなく、自分で調整し続ける

ここまで、人生におけるバランスについて考えてきました。結局のところ、私が一番大切だと思うのは、人生には誰にでも当てはまる「正しい配分」はないということです。

仕事をどれだけ大切にするか、健康にどこまで気を配るか、人との時間をどれだけ持つか。何がちょうどいいかは、その人の性格や環境だけでなく、同じ人でも人生の時期によって変わります。

だから、バランスを取ることは「何でも真ん中にすること」ではありません。必要なときには一つのことに大きく集中してもいいし、その時期が終わったら、また別のものへ時間やエネルギーを戻していけばいいのだと思います。

大切なのは、今の自分がどこに偏っているのかを、ときどき確認することです。

仕事に集中しすぎて体調を崩していないか。人のために動くことばかりで、自分の時間をなくしていないか。逆に、休むことが長く続きすぎて、本当は動きたいのに動けなくなっていないか。

そうした小さな違和感に気づいたら、少しだけ配分を変えてみる。それを繰り返す方が、一度「理想のバランス」を決めて、その状態を守り続けようとするよりも現実的です。

「バランスが大事」は、無難に生きるという意味ではない

この記事を書きながら改めて感じるのは、「何事もバランスが大事」という言葉は、少し誤解されやすいということです。何でもほどほどにして、失敗しないように無難に生きることがバランスなのではありません。

本気で挑戦するときには、思い切り挑戦していい。何かを身につけたいときには、ほかのことを後回しにしてでも集中する時期があっていいと思います。

ただ、その偏りを永遠に続ける必要はありません。必要なときには大きく振れ、必要がなくなったら戻すことができる。 その柔軟さこそが、私が今考える「バランス」に近いものです。

自分にとっての「ちょうどいい」は、自分で決める

他人から見れば働きすぎに見えても、本人がその時期に仕事へ集中したいと思っているなら、それでいい場合もあります。反対に、周囲から「もっと頑張った方がいい」と言われても、自分には今休むことが必要だと分かっているなら、休むことを選んでもいいはずです。

周囲の価値観や世間の「普通」を参考にすることはできます。ただ、最後に自分の人生の配分を決めるのは、自分自身です。

自分が何を大切にしたいのかを知り、その時々で配分を変えていく。

それが、自分らしく生きることにもつながっていくのではないでしょうか。

崩れたら、また整えればいい

人生には、思い通りにならないことがたくさんあります。仕事が急に忙しくなったり、体調を崩したり、大切な人との関係に悩んだりして、バランスが大きく崩れることもあるでしょう。

でも、崩れること自体を失敗だと思わなくてもいいのではないでしょうか。ずっと完璧な状態で生き続けることなど、そもそも難しいからです。

崩れたら気づく。少し戻す。そしてまた進む。

私は今、人生のバランスとは「崩さないこと」ではなく、「何度でも整え直せること」なのだと思っています。

「何事もバランスが大事」という言葉は、一見すると当たり前のように聞こえます。しかし、そのバランスを誰かに決めてもらうのではなく、自分自身で考え続けるところに、本当の難しさと面白さがあるのかもしれません。

これからも私自身、何かに大きく偏ることはあると思います。それでも、ときどき立ち止まって全体を眺めながら、そのときの自分に合う場所へ戻していきたいと思っています。

それが、私にとっての「整えて生きる」ということです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました