
慢性膵炎になり、医師から「お酒はやめてください」と言われた。
頭では断酒が必要だと分かっていても、「もう一生お酒を飲めないのか」と簡単には受け入れられない人もいるのではないでしょうか。
私自身もそうでした。
約15年前に慢性膵炎と診断され、医師から強く断酒を求められました。
最初は病気への怖さもあり、約4年間、お酒を飲まずに過ごしていました。
ところが、体調が安定し、検査でも大きな異常を指摘されない状態が続くと、少しずつ考え方が変わっていきました。
「少しくらいなら大丈夫なのではないか」
そう考えて、私は再びお酒を飲み始めました。
当時は、「毎日大量に飲んでいるわけではない」「普通に仕事にも行けている」「検査値もそれほど悪くない」と、自分なりに理由を考えていました。
でも今振り返ると、順番は逆だったのだと思います。
「飲みたい」という気持ちが先にあって、「飲んでも大丈夫だ」と思える理由を後から探していました。
しかも実際に飲んでも、すぐに腹痛が起きたわけでも、検査値が急激に悪化したわけでもありませんでした。
そのことが、さらに「やっぱり少しなら大丈夫なのではないか」という考えを強くしていきました。
その後、私は再び完全にお酒をやめ、現在は6年以上断酒を続けています。
この記事では、慢性膵炎で断酒が必要と言われた私が、なぜ一度は再び飲んでしまったのか。そして、なぜ今はお酒を飲まない生活を続けられているのかを、自分の経験をもとに書いていきます。
なお、慢性膵炎の状態や飲酒に関する判断は人によって異なります。この記事は私自身の経験について書いたものであり、治療や飲酒については必ず主治医や専門医の指示に従ってください。
慢性膵炎で断酒を指示されたら、「少しなら」を自己判断しない
慢性膵炎になってお酒をやめるように言われたとき、私が最初に考えたのは、
「本当に一滴も飲んではいけないのだろうか」
ということでした。
毎日大量に飲むのはよくないとしても、たまに少し飲むくらいなら大丈夫なのではないか。
そう考えたことは、一度や二度ではありません。
しかし、日本膵臓学会は、アルコール性慢性膵炎では、飲酒を続けると病気が進行し、栄養不良や糖尿病の発症・悪化につながるとして、断酒が必要としています。
さらに、「少しの飲酒なら膵臓に悪影響を及ぼさない」という飲酒量の目安はないと説明しています。アルコールが原因ではない慢性膵炎についても、断酒が勧められています。
そのため、慢性膵炎で医師から断酒を指示されているのであれば、体調がいい、検査値が悪くない、少量しか飲まないといった理由で、自分で「このくらいなら大丈夫」と判断しないことが大切です。
私自身、この点を頭では分かっていました。
それでも時間が経ち、体調が安定してくると、
「少しくらいなら大丈夫なのではないか」
と思うようになりました。
そして実際に、私は一度断酒したあと、再びお酒を飲み始めています。
今振り返ると、医学的に「飲んでも大丈夫」と判断したわけではありません。
飲みたいという気持ちがあり、その気持ちに都合のいい理由を自分で探していた。
そのことが、再飲酒につながったのだと思っています。
次からは、私が慢性膵炎になって断酒を求められ、それでも再びお酒を飲むようになるまでを、実際の経験に沿って書いていきます。
私が慢性膵炎で「もうお酒は飲めない」と言われたとき
私が慢性膵炎と診断されたのは、約15年前のことです。
それまでにも何度か激しい腹痛がありましたが、数日すると治まることも多く、当時の私はそれほど深刻には考えていませんでした。
ところが、そのときは腹痛が長く続き、最後には微熱も治まらなくなりました。
紹介状を持って大きな病院を受診すると、詳しい検査を受けることになり、その日のうちに入院するように言われました。
普通に診察を受けて帰るつもりだったので、まさかそのまま入院するとは思っていませんでした。
入院後は絶食・絶飲となり、検査画像を見ながら膵臓の状態について説明を受けました。
私の膵臓はすでにダメージを受けていて、膵石もできている状態でした。
そして、医師から強く言われたのが断酒でした。
「できれば控えた方がいい」という程度ではありません。
私の場合は、再び膵炎を起こさないためにも、お酒をやめることが治療の大前提だという説明でした。
さらに、断酒を約束しなければ治療はしない、とまで言われたことを覚えています。
入院している間は、強い腹痛もあり、絶食・絶飲の状態でした。
そのため、そのときは「お酒が飲みたい」という気持ちよりも、まず体を治したいという気持ちの方が強かったと思います。
ただ、退院して普通の生活に戻ってから、少しずつ別の現実に気づきました。
病気でお酒をやめるということは、単にアルコールを口にしないということではありませんでした。
仕事が終わったあとにビールを飲む。
テレビを見ながら少し気持ちをゆるめる。
ストレスがたまった日に、お酒で一日の区切りをつける。
私にとってお酒は、そうした毎日の生活の中に当たり前のように入り込んでいました。
だから、「もうお酒は飲めない」と言われたことは、想像していた以上に大きな変化でした。
頭では、病気なのだから仕方がないと理解していました。
それでも心のどこかでは、
「本当に、この先ずっと飲めないのか」
という気持ちを抱えていました。
今振り返れば、この時点ではまだ、断酒を自分自身の選択として受け入れられていなかったのだと思います。
最初の約4年間は、病気への怖さで断酒できた
退院してから約4年間、私はお酒を飲まずに生活していました。
ただ、最初から「これからはお酒のない人生でいい」と納得していたわけではありません。
それでも飲まずにいられた一番大きな理由は、また膵炎になるのが怖かったからです。
入院する前の強い腹痛や、絶食・絶飲で過ごした時間は、まだ鮮明に記憶に残っていました。
医師からも、これ以上膵臓に負担をかけないために断酒が必要だと強く言われていました。
当時の私は、
「もうあんな思いはしたくない」
という気持ちで、お酒を飲まない生活を続けていたのだと思います。
ところが、時間が経つにつれて状況が変わっていきました。
体調は安定している。
普通に仕事にも行ける。
定期的に検査を受けても、大きな異常を指摘されない。
食事も少しずつ以前に近いものを食べられるようになっていきました。
そうなると、病気になった直後に感じていた怖さが少しずつ薄れていきます。
もちろん、慢性膵炎が治ったと思っていたわけではありません。
医師からお酒をやめるように言われたことも忘れてはいませんでした。
それでも、日常生活が普通に戻るにつれて、
「これだけ普通に生活できているなら、少しくらい飲んでも大丈夫なのではないか」
という考えが、少しずつ頭に浮かぶようになりました。
今振り返ると、ここが大きな分岐点だったと思います。
病気への怖さは、断酒を始める強い理由にはなりました。
しかし私の場合、怖さだけでは、その後ずっと断酒を続ける理由にはなりませんでした。
体調がよくなれば、怖さは薄れていきます。
そして、その隙間に「少しくらいなら」という考えが入り込んできました。
「少しなら大丈夫」と思って、私は再び飲み始めた
断酒を始めて約4年が経ったころ、私は再びお酒を飲むようになりました。
最初から「以前のように飲もう」と思っていたわけではありません。
きっかけになったのは、
「少しくらいなら大丈夫なのではないか」
という考えでした。
体調は悪くない。
検査でも大きな異常は出ていない。
毎日大量に飲んでいるわけでもない。
普通に仕事にも行けている。
当時の私は、そうしたことを一つずつ並べて、「自分はそこまで深刻な状態ではないのではないか」と考えるようになっていました。
慢性膵炎になり、医師から断酒するように言われたことは分かっています。
それでも、
「たまに飲むくらいなら」
「少量なら」
と、自分の中で少しずつ条件を変えていきました。
そして、あるとき再びお酒を飲みました。
実際に飲んでみても、すぐに激しい腹痛が起きたわけではありません。
翌日、体調が大きく崩れたわけでもありませんでした。
検査でも、すぐに明らかな異常が出たわけではありません。
すると今度は、
「ほら、やっぱり少しなら大丈夫だった」
と考えるようになりました。
最初は一度だけのつもりでも、一度「大丈夫だった」という経験をしてしまうと、次に飲む理由を作るのは簡単でした。
今日は疲れたから。
仕事で嫌なことがあったから。
少しだけだから。
明日は飲まないから。
そうやって、お酒が少しずつ生活の中に戻ってきました。
今振り返ると、私は医学的な根拠があって「飲んでも大丈夫」と判断していたわけではありません。
むしろ、逆だったと思います。
「お酒を飲みたい」という気持ちが先にあり、その結論を正当化できる理由を後から探していました。
検査値が悪くないことも、普通に仕事へ行けていることも、毎日大量に飲んでいないことも、そのために使っていたのだと思います。
そして、その判断をさらに強くしたのが、実際に飲んでもすぐには何も起きなかったことでした。
飲んでもすぐ何も起きなかったことが、むしろ危なかった
私が再びお酒を飲み始めたあと、一番厄介だったのは、飲んでもすぐには何も起きなかったことです。
激しい腹痛が出るわけでもない。
翌日に寝込むわけでもない。
普通に仕事へ行き、いつも通り生活することができました。
すると、自分の中で、
「やっぱり、このくらいなら大丈夫なのではないか」
という考えが強くなっていきました。
今考えると、私は「症状が出ていないこと」と「膵臓に問題がないこと」を、自分の都合のいいように同じものとして考えていたのだと思います。
しかし、慢性膵炎は、必ずしも症状の強さだけで状態を判断できる病気ではありません。
日本消化器病学会の一般向け情報でも、慢性膵炎では症状がない人もおり、病気が進行すると膵臓の正常な細胞が破壊され、線維化や膵石、栄養状態の悪化などにつながると説明されています。
また、日本膵臓学会は、アルコール性慢性膵炎では、飲酒を続けることで病気が進行するため断酒が必要であり、「少しなら悪影響がない」という飲酒量の目安はないとしています。
もちろん、当時の私はそこまで冷静に考えていませんでした。
私にとって重要だったのは、
「昨日飲んだけれど、今日は何ともない」
という目の前の事実でした。
そして、その積み重ねが、
「自分の場合は大丈夫なのかもしれない」
という考えに変わっていきました。
でも、「今、痛くない」ということは、「飲んでも大丈夫」という意味ではありません。
少なくとも私の場合、その二つを混同したことが、再飲酒を続ける大きな理由になりました。
今振り返ると、飲んですぐ具合が悪くならなかったことは、安心材料ではありませんでした。
むしろ、自分に都合のいい判断を続けやすくしてしまったという意味で、私にとっては非常に危ないことだったと思っています。
断酒を続けるために必要だったのは「我慢だけ」ではなかった
再びお酒をやめてから、現在まで6年以上断酒を続けています。
一度再飲酒した経験があるからこそ、今ははっきり分かることがあります。
断酒を始めた当初は、ある程度「我慢する」ことも必要でした。
飲みたいと思っても飲まない。
仕事で嫌なことがあっても飲まない。
以前ならお酒を飲んでいた時間になっても、なんとかやり過ごす。
特に最初のころは、そうやって意識的にお酒を遠ざけていたと思います。
ただ、何年も断酒を続けることを考えると、我慢だけではしんどいということも分かってきました。
お酒を飲んでいたころ、仕事が終わってから飲むことは生活の一部になっていました。
疲れたとき。
ストレスがたまったとき。
一日の終わりに気持ちをゆるめたいとき。
そこにお酒がありました。
そのため、単純にお酒だけを取り除くと、それまでお酒が埋めていた時間や役割がそのまま残ります。
私の場合は、その部分を別のものに少しずつ置き換えていきました。
炭酸飲料やコーヒーを飲む。
散歩をする。
早めに寝る。
ブログを書く。
英語を勉強する。
特別な方法ではありません。
でも、こうしたことを繰り返すうちに、以前ならお酒を飲んでいた時間を、飲まなくても過ごせる時間に少しずつ変えていくことができました。
もちろん、すぐにお酒を飲みたいと思わなくなったわけではありません。
仕事で嫌なことがあった日や強いストレスを感じた日には、
「飲めたら楽なのに」
と思うこともありました。
最初のうちは、そこで我慢する必要もありました。
でも、毎回「飲んではいけない」と自分と戦い続けるより、
「今日はお酒の代わりに何をするか」
と考えられるようになったことが、長く続けるうえでは大きかったと思います。
そして、もう一つ変わったのが、断酒する理由そのものです。
最初の断酒は、
「また病気になるのが怖いから飲まない」
というものでした。
今は少し違います。
お酒を飲まない方が体調を整えやすい。
時間を使える。
頭もクリアでいられる。
朝から普通に動ける。
そうしたことを実際に経験するうちに、「飲んではいけない」から「飲まない方が自分にはいい」へ、少しずつ考え方が変わっていきました。
断酒をしたからといって、人生の問題がすべてなくなるわけではありません。
仕事の悩みも、人間関係の問題も、生活上の問題も残ります。
ただ私の場合、お酒を飲まないことで、体調や時間、思考を整えやすくなりました。
その結果、問題に対処したり、新しいことを始めたりするための余力は、以前より作りやすくなったと感じています。
断酒そのものが人生をよくしてくれるわけではない。
でも、自分で生活を整えていくための土台にはなる。
今の私は、そのように考えています。
具体的に私が断酒を続けるためにしてきたことについては、別の記事で詳しくまとめています。
6年以上断酒した今、「一生飲めない」をどう考えているか
慢性膵炎になった当初、私にとって「一生お酒を飲めない」ということは、とても重いものでした。
これから先、ずっと飲めない。
旅行に行っても飲めない。
おいしい料理を食べても飲めない。
仕事で疲れた日にも飲めない。
そう考えると、人生から楽しみを一つ奪われたような感覚がありました。
だからこそ、数年間断酒したあとにも、
「本当に一生飲めないのか」
という気持ちが残り、「少しくらいなら」という考えにつながったのだと思います。
でも、6年以上断酒を続けている今は、「一生飲まない」ということを以前ほど大きな問題として考えなくなりました。
これは、お酒が嫌いになったからではありません。
今でも、テレビなどでおいしそうにビールを飲んでいるのを見ると、
「飲めたらいいな」
と思うことはあります。
ただ、そこで「飲まなければならないのがつらい」とまでは思わなくなりました。
お酒を飲まないことが、特別なことではなくなってきたからです。
以前は、「今日は飲まない」「明日も飲まない」と、断酒そのものを意識して生活していました。
今は、そもそも普段の生活の選択肢にお酒がほとんど入っていません。
飲まないことを毎日我慢しているというより、お酒を飲まない生活が普通になったという感覚に近いです。
だから今の私にとっては、
「一生飲めない」
というより、
「今日も別に飲まなくていい」
という状態が続いているだけなのだと思います。
もちろん、慢性膵炎になったことをよかったとは思いません。
お酒を自由に飲めるのであれば、飲みたいと思うこともあります。
それでも、今の生活を崩してまで飲みたいとは思わなくなりました。
断酒を始めたころの私は、「この先ずっと我慢しなければならない」と考えていました。
でも実際には、ずっと同じ強さで我慢し続けてきたわけではありません。
生活が変わり、考え方が変わり、少しずつ「飲まないこと」が普通になっていきました。
今振り返ると、それが6年以上断酒を続けられている一番大きな変化なのだと思います。
断酒がどうしても難しい場合は、一人で何とかしようとしない
ここまで私自身の経験を書いてきましたが、断酒の難しさは人によって違います。
私のように、
「病気だからやめなければならない」
と分かっていても、また飲んでしまう人もいると思います。
そのときに、
「自分は意志が弱いだけだから、もっと我慢すればいい」
と考えて、一人で何とかしようとする必要はないと思います。
特に、長期間にわたって多くのお酒を飲んでいる場合には注意が必要です。
アルコールへの身体依存があると、お酒を減らしたりやめたりしたときに、不眠、発汗、手のふるえ、不安、いらいらなどの離脱症状が起こることがあります。
厚生労働省のe-ヘルスネットでは、重い場合には幻覚やけいれん発作が起こることもあると説明されています。
そのため、飲酒量が多い人や、過去にお酒をやめたときにこうした症状が出たことがある人は、自己判断だけで断酒しようとせず、医療機関に相談することが大切です。
また、「自分はアルコール依存症というほどではない」と思っている人でも、相談してはいけないわけではありません。
久里浜医療センターには、アルコール依存症だけでなく、依存症までは至っていない問題飲酒者を対象とした「プレアルコホリックプログラム」もあります。
私自身も以前は、
普通に仕事へ行っている。
毎日大量に飲んでいるわけではない。
だから、自分は典型的なアルコール依存症ではない。
そう考えていました。
でも、この記事で一番伝えたいのは、「アルコール依存症かどうか」と「病気のためにお酒をやめる必要があるか」は別の問題だということです。
慢性膵炎で医師から断酒を求められているのであれば、まずはその指示に従う。
そして、自分だけでは続けるのが難しいと感じたら、一人で抱え込まず、主治医やアルコールの問題を扱う専門医療機関などに相談する。
それも、断酒を続けるための一つの方法だと思います。
まとめ|慢性膵炎で必要だったのは「飲まない生活」を作ることだった
慢性膵炎になり、医師から断酒が必要だと言われても、すぐにその現実を受け入れられるとは限りません。
私自身、最初は病気への怖さから約4年間お酒をやめていました。
しかし、体調が安定し、普通に仕事ができ、検査でも大きな異常を指摘されない状態が続くと、
「少しくらいなら大丈夫なのではないか」
と考えるようになり、再びお酒を飲み始めました。
今振り返ると、冷静に安全性を判断していたわけではありません。
「飲みたい」という気持ちが先にあり、その結論を正当化できる理由を後から探していたのだと思います。
しかも、実際に飲んでもすぐに腹痛が出なかったことが、「やっぱり大丈夫なのではないか」という考えをさらに強くしました。
その後、再び断酒して6年以上が経ちました。
最初のころは、飲みたいと思っても飲まないという我慢も必要だったと思います。
ただ、我慢だけで何年も続けるのはしんどい。
私の場合は、お酒を飲んでいた時間を別の習慣に置き換え、少しずつお酒を飲まなくても過ごせる生活を作っていきました。
そして今は、
「病気だから飲んではいけない」
という気持ちだけで断酒しているわけではありません。
お酒を飲まない方が体調を整えやすく、時間を使え、頭もクリアでいられる。
そうした生活の方が、自分には合っていると感じています。
断酒をすれば、人生の問題がすべてなくなるわけではありません。
ただ、私の場合は、問題に向き合ったり、新しいことに取り組んだりするための余力を作りやすくなりました。
慢性膵炎で断酒を求められ、「もう一生飲めないのか」と感じている人もいると思います。
最初から、その現実を完全に受け入れる必要はないのかもしれません。
まずは今日、お酒を飲まない。
そして、お酒を飲んでいた時間をどう過ごすのかを少しずつ考えていく。
私の場合、その積み重ねによって、
「お酒を我慢している生活」から、「お酒を飲まない普通の生活」へ変わっていきました。
慢性膵炎や飲酒については、自己判断ではなく、必ず主治医や専門医の指示に従ってください。
そのうえで、断酒を続けるためには、自分なりの「飲まない生活」を作っていくことも大切なのだと思います。
※断酒全般については、こちらにまとめています。





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