病気でお酒をやめることになった人へ|慢性膵炎で断酒した私の実体験

お酒の代わりにコーヒーと水を置いた静かなテーブル 断酒・禁酒のリアル

お酒の代わりにコーヒーと水を置いた静かなテーブル

病気をきっかけに、医師からお酒をやめるように言われることがあります。

慢性膵炎、急性膵炎の再発、肝臓の病気、健康診断での異常など、理由は人によってさまざまだと思います。

それまで普通にお酒を飲んでいた人にとって、突然「お酒をやめてください」と言われることは、決して簡単に受け入れられるものではありません。

私自身も、約15年前に慢性膵炎と診断され、医師からお酒をやめるように言われました。

そのときは、頭では理解しているつもりでも、「もう一生飲めない」という現実を本当の意味では受け止められていなかったと思います。

最初の数年間は、病気への怖さもあり、お酒を飲まずに過ごすことができました。

しかし、その後、私は「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えて、再びお酒を飲んでしまった時期があります。

今振り返ると、病気が理由であっても、断酒は単に意志の強さだけで続くものではありませんでした。

お酒に代わる習慣を作ること。
飲まない理由を自分の中で納得すること。
そして、生活そのものを少しずつ作り直していくこと。

そうしたことが、断酒の継続には必要だったのだと思います。

この記事では、病気をきっかけにお酒をやめることになった方に向けて、私自身の慢性膵炎と断酒の経験をもとに、断酒をどう受け止め、どう続けてきたのかを整理して書いていきます。

なお、病気や飲酒に関する判断は、人によって状況が異なります。
必ず主治医や専門医の指示に従うようにしてください。

病気をきっかけにお酒をやめることは珍しくない

お酒をやめる理由は、人によってさまざまです。

自分の意思で健康のためにやめる人もいれば、家族に心配されてやめる人もいます。

一方で、病気をきっかけに、医師からお酒をやめるように言われる人も少なくありません。

たとえば、慢性膵炎や急性膵炎を経験した人、肝臓の数値に異常が出た人、健康診断で飲酒を控えるように指摘された人などです。

この場合、お酒をやめることは、単なる生活改善ではなく、今後の健康を守るために必要な行動になります。

ただ、頭では「やめた方がいい」と分かっていても、実際にお酒をやめることは簡単ではありません。

それまで毎日のように飲んでいた人にとって、お酒は単なる飲み物ではないことが多いからです。

仕事が終わったあとの楽しみ。
ストレスをやわらげる時間。
食事と一緒に味わう習慣。
人との付き合いの場。

そうしたものと結びついている場合、お酒をやめることは、生活の一部を変えることにもなります。

だからこそ、病気でお酒をやめなければならなくなったときには、単に「飲まない」と決めるだけでは難しく、お酒のない生活をどう作り直していくかが大切になります。

私自身も、慢性膵炎になったことでお酒をやめるように医師から強く言われました。

断酒を約束しないなら、治療はしないとまで言われました。

逆に言えば、それだけ断酒は難しいということだとも思います。

私の場合も、最初は病気への怖さでやめることができましたが、それだけでは長く続きませんでした。

断酒を続けるためには、病気への理解だけではなく、飲まない理由を自分の中で納得し、日々の生活を整えていくことが必要だったのだと思います。

私の場合は慢性膵炎でお酒をやめることになった

私がお酒をやめることになったきっかけは、慢性膵炎でした。

約15年前、強い腹痛が続き、紹介状をもらって大きな病院を受診しました。

それまでにも、何度か激しい腹痛に襲われたことはありました。

ただ、数日経つと症状がおさまることも多く、当時の私はそこまで深刻には考えていませんでした。

しかし、そのときは痛みが数か月間続き、最後には微熱もおさまらなくなったため、詳しい検査を受けることになりました。

検査の結果、医師からはすぐに入院するように言われました。

そのとき、私は普通に診察を受けて帰るつもりで病院に行っていました。

まさかそのまま入院になるとは思っていませんでした。

医師からは、かなり深刻な状態であることを説明され、その日から絶食と絶飲の入院生活が始まりました。

その後、検査画像を見ながら、膵臓の状態について説明を受けました。

私の膵臓はすでにダメージを受けており、膵石もできている状態でした。

そして、入院中に医師から強く言われたのが、お酒をやめることでした。

それは、単に「できれば控えた方がいい」というような軽い言い方ではありませんでした。

再び膵炎を起こさないためにも、お酒をやめることが大前提になるという説明でした。

また、いったん治療が終わっても、お酒をやめられずに戻ってくる人が多いという話も聞きました。

そのときの私は、頭では「そういうものなのだろう」と理解していました。

ただ、正直に言うと、お酒をやめることの重さを、本当の意味ではまだ分かっていませんでした。

入院している間は、当然お酒を飲むことはできません。

痛みもあり、絶食・絶飲の生活でもあったため、そのときは「飲みたい」という感覚よりも、まずは体を治すことの方が先でした。

けれども、退院して日常生活に戻ってから、少しずつ分かってきました。

病気でお酒をやめるということは、単にお酒を飲まないということではありません。

それまで当たり前のようにあった楽しみや習慣を、これからの生活から外していくということでした。

私にとって、それは想像していた以上に大きな変化でした。

お酒をやめることは、生活の一部を失うことでもあった

慢性膵炎になって、私が一番つらかったことは何だったのか。

今振り返ってみると、痛みや入院生活の大変さに加えて、お酒が飲めなくなったことも大きかったように思います。

もちろん、腹痛はつらかったです。

絶食や絶飲の入院生活も楽なものではありませんでした。

また、慢性膵炎という病気になったことで、自分の健康や将来について不安を感じることもありました。

ただ、それらはある程度、治療や時間の経過とともに少しずつ落ち着いていきました。

一方で、「お酒を飲めない」という現実は、入院中よりも、退院後の日常生活に戻ってから大きくなっていきました。

後になって気づいたことですが、私にとってお酒は、単なる飲み物ではありませんでした。

仕事が終わったあとにビールを飲む時間。

好きなテレビ番組を見ながら、少し気持ちをゆるめる時間。

ストレスを感じた日の、自分なりの区切りの時間。

そうした毎日の生活の中に、お酒は自然に入り込んでいました。

そのため、お酒をやめるということは、単にアルコールを摂らないというだけではありませんでした。

それまで自分を支えていた楽しみや、気持ちを切り替える手段を失うことでもあったのだと思います。

特に難しかったのは、自分で納得して選んでやめたわけではなかったことです。

健康のために自分から前向きにやめたというより、病気によって「もう飲めない」と言われた。

そのことを、頭では理解していても、心のどこかでは受け入れきれていませんでした。

もちろん、今考えれば、医師の指示は当然だったと思います。

それでも当時の私は、「もう一生飲めないのか」と考えると、これからの生活から大きな楽しみが一つ消えてしまうような感覚がありました。

病気でお酒をやめることが難しいのは、単に我慢が必要だからではありません。

お酒に代わる楽しみや、気持ちの整え方をもう一度作り直す必要があるからだと思います。

私の場合も、断酒を続けるためには、ただ「飲まない」と決めるだけでは足りませんでした。

お酒のない夜をどう過ごすのか。

ストレスを感じたときに、何で気持ちを整えるのか。

そうした生活の作り直しが、少しずつ必要になっていきました。

最初は病気への怖さでお酒をやめることができた

退院してからしばらくの間、私はお酒を飲まずに生活していました。

最初から、お酒のない生活に前向きだったわけではありません。

今から考えれば、「もう飲めない」という現実を、完全には受け入れられていませんでした。

それでもお酒を飲まなかったのは、慢性膵炎を再び悪化させることが怖かったからです。

医師からは、再び膵炎を起こさないためにも、お酒をやめることが大切だと説明されていました。

膵臓は、一度ダメージを受けると元の状態に戻るわけではありません。

さらに炎症を繰り返せば、膵臓の機能が少しずつ低下していく可能性があります。

そのことを考えると、やはりお酒を飲むことは怖かったのです。

また、入院中の痛みや絶食・絶飲の生活も、強く記憶に残っていました。

さらに、膵臓の機能が悪化すると、糖尿病になり、食事の制限まで厳しくなることがわかっていました。

お酒に加えて、食べられるものまで制限されてしまうのは避けたい。

その思いも強かったと思います。

そのため、退院後の数年間は、病気への怖さを理由に、お酒を飲まずに過ごすことができました。

ただ、今振り返ると、この時期の断酒は、まだ本当の意味で自分の中に定着していたわけではなかったと思います。

病気が怖いから飲まない。

それは確かに大切な理由です。

しかし、怖さだけを理由にしていると、時間が経つにつれて少しずつ気持ちが緩んでいきます。

体調が安定してくる。

検査の結果も大きく悪くない。

日常生活も普通に送れるようになる。

そうなると、いつの間にか病気への怖さが薄れていきます。

そして、心のどこかで、こんな考えが出てくるようになりました。

「少しぐらいなら大丈夫なのではないか」

今考えれば、それが再飲酒につながる最初の危険なサインだったのだと思います。

「少しぐらいなら大丈夫」と考えて再び飲んでしまった

退院後、数年間はお酒を飲まずに生活していました。

しかし、時間が経つにつれて、少しずつ考え方が変わっていきました。

体調は安定していました。

定期的な検査でも、大きな異常を指摘されることはありませんでした。

食事も少しずつ普通に戻り、揚げ物などを食べても特に問題が起きないことが分かってきました。

そうなると、心のどこかで、こんな考えが出てくるようになりました。

「本当に自分は、もう一生お酒を飲んではいけないのだろうか」

もちろん、医師からお酒をやめるように言われていたことは分かっていました。

慢性膵炎という病気のことも、頭では理解していました。

それでも、日常生活が普通に戻ってくると、病気への怖さは少しずつ薄れていきました。

そして、いつの間にか私は、自分に都合のいい考え方をするようになっていました。

「体調は悪くない」
「検査結果にも異常は出ていない」
「少しぐらいなら問題ないのではないか」

今振り返ると、これは冷静な判断ではなかったと思います。

むしろ、お酒を飲んでもいいという答えが先にあって、そのための理由を後から探していたのだと思います。

病気でお酒をやめなければならないと言われても、人は自分に都合のいい解釈をしてしまうことがあります。

「今回は大丈夫」
「少量なら問題ないはず」
「検査で異常が出ていないから大丈夫」
「好きなことを我慢してまで生きる意味があるのか」

こうした考えは、一見すると自分の人生を大切にしているようにも見えます。

しかし、実際には、飲みたい気持ちを正当化するための言い訳になっていることがあるのだと思います。

私自身もそうでした。

仕事で疲れた日。

ストレスがたまった日。

少しだけ気持ちをゆるめたい日。

そういうときに、以前のようにお酒を飲みたいという気持ちが出てきました。

そしてあるとき、私は再びお酒を口にしてしまいました。

最初は、ほんの少しだけのつもりでした。

飲んでもすぐに体調が悪くなることはありませんでした。

痛みが出ることもありませんでした。

検査でもすぐに異常が出たわけではありませんでした。

そのため、私はさらに都合よく考えるようになっていきました。

「やっぱり少しなら大丈夫なのではないか」

しかし、それは断酒が崩れていく始まりでした。

一度そう考えてしまうと、次に飲む理由を作るのは簡単になります。

今日は疲れたから。
今日はストレスが強かったから。
今日は少しだけだから。
検査でも異常は出ていないから。

そうやって、少しずつお酒が生活の中に戻ってきました。

今考えると、問題はお酒の量だけではありませんでした。

本当の問題は、飲んではいけない理由を、自分の都合で少しずつ弱めていったことだったのだと思います。

病気が理由でお酒をやめたとしても、時間が経つと怖さは薄れていきます。

そして、体調に大きな変化が出ていないと、「大丈夫なのではないか」と考えてしまうことがあります。

私にとって、それが再飲酒につながった大きな理由でした。

病気でお酒をやめるように言われている場合、「少しだけ」が一番危ない

お酒をやめなければならないと言われたとき、多くの人が最初に考えるのは、

「完全にやめる必要があるのか」
「少しだけならいいのではないか」
「毎日ではなく、たまになら大丈夫ではないか」

ということだと思います。

私自身もそうでした。

慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていたにもかかわらず、心のどこかでは、

「本当に一滴も飲んではいけないのだろうか」

と考えていました。

もちろん、病気や体の状態によって判断は異なります。

だからこそ、飲酒については必ず主治医や専門医の指示に従う必要があります。

ただ、私の場合は、医師からかなり強く断酒を求められていました。

それにもかかわらず、私は「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えてしまいました。

そして実際に、一度飲み始めると、そこから考え方が変わっていきました。

最初は「今日だけ」のつもりでした。

次は「少量だから大丈夫」。

その次は「検査で異常が出ていないから大丈夫」。

そうやって、飲む理由が少しずつ増えていきました。

一度お酒を飲む理由を作ってしまうと、次に飲む理由を作るのは簡単になります。

これが、私にとって節酒が難しかった大きな理由です。

節酒は、一見すると現実的な方法に見えるかもしれません。

完全にやめるよりも、少し減らす方が続けやすそうに見えます。

しかし、病気でお酒を止められている人にとっては、その「少しだけ」が危険な入り口になることがあります。

なぜなら、少し飲んでもすぐに体調が悪くならない場合、自分に都合のいい解釈がさらに強くなるからです。

「ほら、大丈夫だった」
「このくらいなら問題ない」
「次も少しだけにすればいい」

そう考えてしまうと、断酒の理由がどんどん弱くなっていきます。

そして気づかないうちに、お酒が生活の中に戻ってきます。

私の場合、本当に怖かったのは、体にすぐ異常が出なかったことでした。

もし飲んだ瞬間に激しい痛みが出ていれば、もう二度と飲まなかったかもしれません。

でも実際には、すぐには何も起きませんでした。

だからこそ、私は「大丈夫なのではないか」と考えてしまいました。

今振り返ると、それが一番危なかったのだと思います。

病気でお酒を止められている場合、問題は“その一杯”だけではありません。

その一杯をきっかけに、考え方が変わってしまうこと。

飲んではいけない理由を、自分の中で少しずつ弱めてしまうこと。

そして、またお酒のある生活に戻ってしまうこと。

そこに大きな危険があるのだと思います。

私の場合、最終的に必要だったのは節酒ではありませんでした。

「少しだけ飲む方法」を探すことではなく、お酒を飲まない生活を作ることでした。

病気をきっかけにお酒をやめる場合、つらいのは当然です。

でも、私の経験から言えば、「少しだけなら大丈夫」と考え続けるよりも、最初からお酒のない生活を前提にした方が、結果的には楽になりました。

断酒を続けるには、お酒のない生活を作り直す必要があった

私が再び断酒を続けられるようになったのは、単に意志が強くなったからではありません。

むしろ、意志の力だけでお酒をやめ続けるのは難しいと思っています。

特に、病気をきっかけにお酒をやめる場合、最初は「飲んではいけない」という強い理由があります。

しかし、時間が経つと、その危機感は少しずつ薄れていきます。

  • 体調が安定する。
  • 日常生活に戻る。
  • 検査でも大きな異常が出ない。

そうなると、以前のようにお酒を飲んでいた生活を思い出すことがあります。

だからこそ、断酒を続けるには、ただ我慢するだけではなく、お酒のない生活をどう作るかが大切になります。

私の場合、最初に必要だったのは、お酒の代わりになるものを用意することでした。

  • 炭酸飲料を飲む。
  • コーヒーを飲む。
  • 早めに寝る。
  • 散歩をする。
  • ブログを書く。
  • 英語学習をする。

そうした小さな行動を積み重ねることで、お酒を飲んでいた時間を少しずつ別のものに置き換えていきました。

もちろん、最初からうまくいったわけではありません。

お酒を飲んでいた時間帯になると、何となく口さみしくなったり、手持ち無沙汰になったりすることもありました。

仕事で疲れた日や、強いストレスを感じた日には、以前のようにお酒で気持ちをゆるめたくなることもありました。

ただ、そのたびに思ったのは、断酒は「飲みたい気持ちを完全になくすこと」ではないということです。

飲みたい気持ちが出てきたときに、どうやってその時間をやり過ごすか。

お酒以外の方法で、どうやって気持ちを整えるか。

その仕組みを作ることの方が大切でした。

断酒を続けるために必要だったのは、気合いではなく、飲まないで済む生活の形を作ることでした。

病気でお酒をやめることになった人の中には、私と同じように「もう飲めないのか」と感じる人もいると思います。

その感覚は、決しておかしなものではありません。

それまで生活の中にあったものが突然なくなるのですから、つらく感じるのは自然なことです。

ただ、お酒がなくなったあとに、何も残らないわけではありません。

お酒を飲んでいた時間に、別の習慣を入れることはできます。

ストレスの逃がし方を、少しずつ変えることもできます。

生活のリズムを整えることもできます。

私の場合も、そうした小さな作り直しを続ける中で、少しずつお酒のない生活が当たり前になっていきました。

断酒は、単にお酒をやめることではなく、お酒に頼らない生活を作り直していくことなのだと思います。

具体的な断酒の続け方については、こちらの記事でも詳しく書いています。

6年以上断酒を続けて分かったこと

現在、私は6年以上お酒を飲まずに生活しています。

ここまで続けてきて感じるのは、断酒は、ある時点から急に楽になるというより、少しずつ生活の中に定着していくものだということです。

最初の頃は、「飲まないようにする」という意識がかなり強くありました。

お酒を飲まないことを、毎日確認しているような感覚もありました。

しかし、時間が経つにつれて、少しずつお酒のない生活が普通になっていきました。

もちろん、まったく飲みたいと思わなくなったわけではありません。

テレビやお店でおいしそうにビールを飲んでいる場面を見ると、「飲めたらいいな」と思うことは今でもあります。

ただ、その気持ちが出てきても、実際に飲もうとは思わなくなりました。

それは、お酒を我慢する力が強くなったというより、お酒を飲まない生活の方が自分にとって大切になったからだと思います。

体調が安定していること。

頭がクリアでいられること。

朝から普通に動けること。

自分や家族に対して、後ろめたい気持ちを持たずにいられること。

そうしたことの価値が、少しずつ大きくなっていきました。

以前の私は、お酒を飲むことを「楽しみ」や「息抜き」と考えていました。

実際、それは間違いではなかったと思います。

お酒によって気持ちがゆるむ時間もありましたし、ストレスが軽くなるように感じることもありました。

ただ、長い目で見ると、お酒に頼る生活は、自分の体や気持ち、家族との信頼を少しずつ削っていたのだと思います。

断酒を続けて分かったのは、お酒をやめることは、何かを失うだけではないということです。

たしかに、飲めなくなった寂しさはあります。

でもその一方で、生活の安定や、考える時間、自分を整える感覚は、少しずつ戻ってきました。

病気をきっかけにお酒をやめることは、最初は「奪われた」と感じるかもしれません。

私もそうでした。

ただ、時間をかけて生活を作り直していくと、お酒を飲まないことが、単なる制限ではなく、自分を守るための選択になっていきます。

今の私は、お酒を飲めない人生を、完全に前向きなものとして語れるわけではありません。

それでも、少なくとも今の自分にとっては、お酒を飲まない方がメリットがあると感じています。

そう納得できるようになりました。

そして、その納得があるからこそ、断酒は続いているのだと思います。

長く続けた後の変化については、こちらにも書いています。

病気でお酒をやめることになった人へ伝えたいこと

病気をきっかけにお酒をやめることになったとき、最初はなかなか現実を受け入れられないかもしれません。

「なぜ自分だけが飲めなくなるのか」

「少しぐらいなら大丈夫なのではないか」

「これから先の人生、楽しみがなくなってしまうのではないか」

そう感じることもあると思います。

私自身も、そうでした。

頭ではお酒をやめる必要があると分かっていても、心の中では完全に納得できていませんでした。

自分が病気になったのは、たまたま運が悪かっただけではないか。

医師に言われるほど、ひどい状態ではないのではないか。

そんなふうに自分に都合よく考えて、**「少しぐらいなら大丈夫ではないか」**と思い、再びお酒を飲んでしまった時期があります。

ただ、今振り返ると、断酒を続けるために大切だったのは、無理に前向きになることではありませんでした。

まずは、自分にとってお酒がどんな役割を持っていたのかを知ることだったと思います。

お酒が単なる飲み物ではなく、ストレスを逃がす手段だったのか。

仕事の疲れを切り替える時間に不可欠なものだったのか。

頑張った一日の終わりの唯一の楽しみだったのか。

人との付き合いの中で必要だと思っていたものなのか。

そこを見ないまま、ただ「飲まない」と決めても、苦しさだけが残ってしまいます。

病気でお酒をやめる場合、もちろん健康を守ることが最優先です。

ただ、それと同時に、お酒に代わる生活の支えを作ることも、長く続けるためには必要になります。

私の場合は、今現在も、炭酸飲料やコーヒーに助けられています。

ブログを書くことや、英語学習を続けることも、お酒のない時間を充実した時間に変える大きな支えになりました。

もちろん、すぐにうまくいくわけではありません。

6年半が経過した今となってはほとんどありませんが、飲みたいと思う日もあります。

「飲めたらいいのに」と思う瞬間もあります。

それでも、そうした気持ちが出ること自体は、決しておかしなことではないと思います。

大切なのは、その気持ちを否定することではなく、飲まずにやり過ごす方法を少しずつ増やしていくことです。

病気でお酒をやめることは、人生から楽しみをすべて奪うことではありません。

最初はそう感じるかもしれません。

でも、私の経験からすれば、時間をかけて生活を作り直していけば、お酒がなくても過ごせる時間は少しずつ増えていきます。

そして、その積み重ねが、結果的に自分の体や生活を守ることにつながっていくのだと思います。

病気や飲酒に関する判断は、必ず主治医や専門医の指示に従う必要があります。

そのうえで、もしお酒をやめることになったのなら、いきなり完璧に受け入れようとしなくてもいいと思います。

まずはとにかく、今日一日、飲まない。

そのために、何をするか。
どの時間をどう過ごすか。

そこから少しずつ考えていけばいいのだと思います。

まとめ|病気でお酒をやめることは、生活を作り直すことでもある

病気をきっかけにお酒をやめることは、簡単なことではありません。

医師から「お酒をやめてください」と言われても、すぐに気持ちが追いつくとは限りません。

それまで普通に飲んでいた人にとって、お酒は単なる飲み物ではなく、日々の楽しみや、ストレスをやわらげる時間、気持ちを切り替える手段になっていることがあるからです。

私自身も、慢性膵炎になってお酒をやめるように言われたとき、頭では理解していても、心の中では完全に受け入れられていませんでした。

最初は病気への怖さでお酒を飲まずに過ごすことができました。

しかし、時間が経ち、体調が安定してくると、「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えてしまい、再びお酒を飲んでしまった時期もあります。

今振り返ると、断酒を続けるために必要だったのは、単に我慢することではありませんでした。

お酒を飲まない理由を自分の中で納得すること。

お酒に代わる習慣を作ること。

お酒のない生活を少しずつ整えていくこと。

そうした積み重ねが必要だったのだと思います。

病気でお酒をやめることは、最初は何かを奪われたように感じるかもしれません。

私もそうでした。

でも、時間をかけて生活を作り直していくと、お酒がなくても過ごせる時間は少しずつ増えていきます。

そして、その生活の中で、体調の安定や、頭のクリアさ、自分や家族に対して後ろめたさのない日々の価値にも気づくようになりました。

もちろん、病気や飲酒に関する判断は、人によって異なります。

必ず主治医や専門医の指示に従うことが大前提です。

そのうえで、もし病気をきっかけにお酒をやめることになったのなら、いきなり完璧に受け入れようとしなくてもいいと思います。

まずは今日一日、飲まない。

そのために、お酒の代わりに何を飲むのか。

どの時間をどう過ごすのか。

何で気持ちを整えるのか。

そうした小さなことを一つずつ考えていくことが、結果的に断酒を続ける力になっていくのだと思います。

病気でお酒をやめることは、人生から楽しみをすべて失うことではありません。

お酒に頼っていた生活を、自分の体とこれからの人生に合う形へ作り直していくこと。

私にとっての断酒は、そういうものだったのだと思います。

※断酒全般については、こちらにまとめています。

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