
お酒の飲み方に不安を感じながらも、なかなかやめられないことがあります。
「飲みすぎかもしれない」
「健康診断の数値が悪くなってきた」
「家族に心配されている」
「それでも、まだ大丈夫だと思いたい」
そう感じながら、お酒を飲み続けている人もいるのではないでしょうか。
問題のある飲酒を続けると、影響は体だけにとどまりません。
厚生労働省も、アルコール依存症では精神面・身体面だけでなく、仕事や家庭生活など生活面にも支障が出ることがあると説明しています。さらに、アルコールが抜けるとイライラ、不眠、手の震え、発汗、動悸などの離脱症状が出て、それを抑えるために再び飲酒してしまうこともあるとされています。
もちろん、すべての人が同じ経過をたどるわけではありません。
連続飲酒に至る人もいれば、仕事や家庭生活に支障が出る人もいます。
暴言や暴力、人間関係の悪化、長期入院や専門治療が必要になるケースもあります。
一方で、そこまで明らかな問題が出ていなくても、少しずつ体調が悪くなったり、家族からの信頼を失ったり、自分に都合のいい言い訳が増えていくこともあります。
私自身も、慢性膵炎になり医師からお酒をやめるように言われていたにもかかわらず、「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えて、再び飲んでしまった時期があります。
今振り返ると、問題だったのは、お酒の量だけではありませんでした。
検査数値に大きな異常が出ていないことを理由に、「少しなら大丈夫ではないか」と自分を納得させていたこと。
家族の心配を、どこかで取り越し苦労のように見てしまっていたこと。
お酒を飲むための言い訳を、自分の中で作り続けていたこと。
そこに、問題のある飲酒の怖さがあったのだと思います。
この記事では、問題のある飲酒を続けると、一般的にどのような影響が起こり得るのかを整理しながら、私自身の断酒経験も交えて書いていきます。
※なお、飲酒やアルコール依存症、治療に関する正しい判断は、必ず医師や専門機関に相談してください。
問題のある飲酒とは何か
「問題のある飲酒」と聞くと、アルコール依存症のような深刻な状態を思い浮かべる人も多いと思います。
もちろん、アルコール依存症はとても大きな問題です。
厚生労働省も、アルコール依存症は大量のお酒を長期にわたって飲み続けることで、お酒がないといられなくなる状態であり、精神面・身体面だけでなく、仕事や家庭生活など生活面にも支障が出ることがあると説明しています。
ただ、問題のある飲酒は、アルコール依存症と診断された人だけの話ではありません。
アルコールに関係した問題には、多量飲酒、有害な使用、アルコール依存症など、いくつかの段階があります。
つまり、明確にアルコール依存症と診断される前の段階でも、すでに飲酒を見直した方がいい状態はあります。
また、アルコール依存症や問題のある飲酒では、本人が「自分は違う」「まだ大丈夫」と考えてしまうことも少なくありません。
実際、依存症は「否認の病」と言われることがあります。
飲酒によって問題が起きていても、本人はその問題を認めにくい。
あるいは、認めたくない。
そのため、周囲から見れば明らかに飲み方が危なくなっていても、本人は「自分はそこまでではない」と考えてしまうことがあります。
たとえば、
「飲みすぎかもしれない」と思いながら飲み続けている。
健康診断で肝臓の数値を指摘されても、飲み方を変えられない。
家族に心配されているのに、「このくらいなら大丈夫」と考えてしまう。
医師からお酒を控えるように言われても、自分に都合よく解釈して飲み続けてしまう。
このような状態も、すでに見直した方がいい飲酒のサインだと思います。
問題のある飲酒とは、単に「大量に飲むこと」だけではありません。
体に影響が出ているのに飲み続けること。
生活や仕事に支障が出ているのに飲み方を変えられないこと。
家族や周囲から心配されても、自分に都合のいい理由を作って飲み続けること。
こうした状態も、問題のある飲酒として考えた方がいいのだと思います。
私自身も、毎日大量に飲んでいたわけではありません。
しかし、慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていたにもかかわらず、「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えて、再び飲んでしまった時期があります。
今振り返ると、問題は飲酒量だけではありませんでした。
飲んではいけない理由を、自分の都合で少しずつ弱めていったこと。
そこに、私自身の問題のある飲酒があったのだと思います。
体に起こる影響|肝臓・膵臓・脳・睡眠への負担
問題のある飲酒を続けると、まず心配になるのは体への影響です。
お酒の影響というと、最初に思い浮かぶのは肝臓かもしれません。
実際、厚生労働省のe-ヘルスネットでも、アルコールによる健康障害として、肝臓病、膵臓病、循環器疾患、メタボリックシンドロームなど、さまざまな健康問題が整理されています。
肝臓は、お酒の影響を受けやすい臓器の一つです。
飲酒量が多い状態が続くと、脂肪肝、アルコール性肝炎、肝硬変、肝臓がんなどにつながることがあります。
また、膵臓にも影響が出ることがあります。
膵臓の病気には、急性膵炎や慢性膵炎があります。
急性膵炎の場合、治療によって回復することもありますが、原因を取り除かずに再発を繰り返すと、慢性膵炎へ移行する可能性が高まるとされています。
一方で、慢性膵炎として膵臓の線維化や膵石、膵管の変化などが進んだ場合、その状態は元に戻りにくい不可逆的なものと考えられます。
私自身も、慢性膵炎になったことで、医師からお酒をやめるように強く言われました。
膵臓の状態をこれ以上悪化させないためには、再び炎症を起こさないことが大切だったからです。
ただ、お酒の影響は肝臓や膵臓だけに限りません。
大量飲酒や長期的な飲酒は、脳にも影響することがあります。
アルコールと認知症について、厚生労働省のe-ヘルスネットでは、アルコール性認知症や脳萎縮などが関連する言葉として挙げられています。
また、飲酒による健康への影響として、脳出血、認知症、うつ、自殺などが挙げられることもあります。
さらに、骨や関節への影響もあります。
たとえば、特発性大腿骨頭壊死症は、習慣的に飲酒する人や喫煙する人、ステロイドを大量に投与された人に比較的多く発生するとされています。
お酒というと肝臓の数値ばかりに目が向きがちですが、実際には体のさまざまな部分に影響が出る可能性があります。
睡眠への影響も見逃せません。
お酒を飲むと寝つきが良くなるように感じることがあります。
しかし、実際には眠りが浅くなったり、夜中に目が覚めやすくなったりすることがあります。
その結果、翌朝にだるさが残ったり、集中力が落ちたりします。
私の場合も、飲みすぎた翌日は二日酔いがかなりつらいことがありました。
頭痛や吐き気、強いだるさがあり、朝から普通に動けないこともありました。
当時はそれを「昨日は飲みすぎたな」くらいに考えていました。
しかし、今振り返ると、二日酔いも、体が出していた分かりやすいサインだったのだと思います。
厚生労働省のe-ヘルスネットでも、二日酔いの症状として、頭痛、胃腸症状、睡眠障害、感覚や認知の障害、うつ気分、自律神経症状などが挙げられています。
もちろん、すべての人が同じような経過をたどるわけではありません。
飲酒量、飲む頻度、体質、年齢、持病の有無によって影響は変わります。
ただ、問題のある飲酒を続けると、体は少しずつ負担を受けていきます。
最初は、健康診断の数値が少し悪くなるだけかもしれません。
翌朝に少しだるいだけかもしれません。
二日酔いがひどくなるだけかもしれません。
でも、それを「まだ大丈夫」と見過ごしているうちに、肝臓、膵臓、脳、睡眠、メンタル、骨や関節など、体のさまざまな部分に影響が広がっていくことがあります。
私自身も、最初から「自分は病気になる」と思って飲んでいたわけではありません。
体調が悪くなっても、数日経てば元に戻ると思っていました。
しかし、結果的には慢性膵炎になり、お酒をやめなければならない状態になりました。
だからこそ、体に出ている小さなサインを軽く見ないことは、とても大切だと思います。
生活に起こる影響|時間・お金・仕事の質が少しずつ崩れる
問題のある飲酒を続けると、影響は体だけではなく、日々の生活にも出てきます。
厚生労働省も、アルコール依存症では精神面・身体面だけでなく、仕事や家庭生活など生活面にも支障が出ることがあると説明しています。
ただ、生活への影響は、いきなり大きな問題として現れるとは限りません。
最初は、もっと小さな形で出てくることが多いと思います。
たとえば、夜の時間が飲酒中心になる。
飲み始めると、その後の時間にできることが限られます。
本を読む。
勉強する。
運動する。
家族と落ち着いて話す。
翌日の準備をする。
そうした時間が、少しずつお酒に置き換わっていきます。
また、お酒を飲んだ翌日は、朝の動き出しが遅くなることがあります。
二日酔いがひどいと、頭が重い。
吐き気がある。
体がだるい。
集中力が出ない。
本来なら普通にできるはずのことにも、時間がかかるようになります。
私自身も、飲みすぎた翌日は二日酔いがかなりつらく、朝から普通に動けないことがありました。
特にひどいときは、午前中が完全に使えないような状態になることもありました。
そのときは、
「あんなに飲まなければよかった」
と何度も思いました。
今振り返ると、問題のある飲酒は、飲んでいる時間だけを奪うものではありません。
飲んだ翌日の時間や体力まで失わせてしまうことがあります。
夜に数時間飲む。
翌朝も体調が悪い。
午前中の集中力も落ちる。
そう考えると、実際には一晩の飲酒で、翌日まで含めたかなり大きな時間を失っていたのだと思います。
その状態が続くと、仕事の質にも影響します。
もちろん、お酒を飲んでいる人すべてが仕事に支障を出すわけではありません。
ただ、飲酒量が増えたり、飲む頻度が高くなったりすると、翌日の集中力や判断力、体調に影響が出ることがあります。
「仕事には行けている」
「最低限のことはできている」
そう思っていても、本来の集中力や判断力が出せていないこともあります。
お金の面でも、影響は少しずつ出てきます。
毎日の缶ビールやチューハイ。
コンビニでつい買うお酒とつまみ。
飲み会や外食での出費。
一回一回はそれほど大きくなくても、積み重なるとかなりの金額になります。
さらに、飲み方によっては、出費はお酒代だけでは済みません。
何軒も飲み歩く。
終電を逃す。
タクシーで帰る。
帰れなくなってホテルに泊まる。
そうしたことが重なると、お酒そのものの金額以上に、生活費全体を圧迫していくことがあります。
私自身は、そこまでの飲み方を頻繁にしていたわけではありません。
ただ、問題のある飲酒では、飲酒そのものだけでなく、飲酒に伴う行動によってお金が出ていくこともあるのだと思います。
それ以上に大きいのは、生活の優先順位が少しずつ変わってしまうことです。
お酒を飲む時間を確保する。
飲むために帰り道で買って帰る。
飲んだあとは何もできなくなる。
翌朝はだるさが残る。
この繰り返しが続くと、生活全体が少しずつお酒を中心に回るようになっていきます。
厚生労働省の依存症に関する説明でも、依存対象を大事にしすぎることで、睡眠や食事がおろそかになったり、仕事や学校を休みがちになったりするなど、本人や家族の生活に不都合が生じる可能性があるとされています。
問題のある飲酒の怖さは、ある日突然、生活が壊れることだけではありません。
少しずつ時間が奪われ、体力が削られ、仕事や日常の質が下がっていくことにもあります。
そして、その変化は本人には見えにくいことがあります。
「昨日は少し飲みすぎただけ」
「今日はたまたま調子が悪いだけ」
「仕事には行けているから問題ない」
そう考えているうちに、生活の中でお酒が占める割合が大きくなっていく。
そこに、問題のある飲酒の危うさがあるのだと思います。
人間関係に起こる影響|家族や周囲の信頼を失っていく
問題のある飲酒を続けると、影響は自分の体や生活だけではなく、人間関係にも及んでいきます。
特に大きいのは、家族や身近な人との信頼関係です。
お酒の問題は、本人だけの問題に見えるかもしれません。
しかし実際には、家族や周囲の人も大きな影響を受けます。
たとえば、家族が心配して注意する。
それに対して、本人が「大丈夫」「そんなに飲んでいない」「自分は問題ない」と反発する。
飲む量や頻度をごまかす。
隠れて飲む。
約束をしても守れない。
こうしたことが続くと、少しずつ信頼が失われていきます。
問題のある飲酒の怖さは、単にお酒を飲むことだけではありません。
お酒を飲むために、嘘やごまかしが増えていくことにもあります。
本人は、その場をやり過ごすために言っているだけかもしれません。
「今日は飲んでいない」
「少ししか飲んでいない」
「もうやめる」
「次から気をつける」
そう言いながら、また同じことを繰り返してしまう。
すると、家族や周囲の人は、何を信じていいのか分からなくなります。
言葉よりも、行動を見られるようになります。
そして、本人が本気で「今度こそやめる」と思ったときにも、すぐには信じてもらえなくなってしまいます。
私自身の場合も、大きかったのは、家族に隠れて飲んでいたことでした。
慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていたにもかかわらず、私は「少しぐらいなら大丈夫ではないか」と考えて、再び飲んでしまいました。
ただ、そのときの私は、はっきりと「家族の信頼よりもお酒を優先している」と自覚していたわけではありません。
むしろ、慢性膵炎の定期検査で血液検査の数値に大きな異常が出ていなかったこともあり、
「少し飲んでも、体には悪くないのではないか」
「検査で問題が出ていないなら、大丈夫なのではないか」
「家族が心配しているとしても、少し取り越し苦労なのではないか」
そのように考えていた部分がありました。
だから当時の私は、家族の信頼を失うようなことをしているという感覚も、あまり強くありませんでした。
むしろ、
「実際には大きな問題が起きていないのに、なぜそこまで心配されるのか」
「信頼を失うほどのことなのか」
と、どこかで自分を正当化していたのだと思います。
しかし今振り返ると、問題はそこにあったのだと思います。
検査数値に大きな異常が出ていないことと、飲酒を続けていいことは同じではありません。
家族が心配していることを、単なる取り越し苦労として片づけてしまうことも、本当は危ういことでした。
そして、たとえ本人が「これくらいは大丈夫」と思っていても、家族から見れば、
医師からお酒をやめるように言われているのに飲んでいる。
心配しているのに隠れて飲んでいる。
やめると言いながら、また飲んでいる。
その事実が積み重なっていきます。
信頼を失うのは、本人が「悪いことをしている」と自覚しているときだけではありません。
本人は「大丈夫」と思っていても、周囲から見ると「また約束を破った」「また隠していた」と受け止められることがあります。
そこに、飲酒による信頼低下の難しさがあります。
もちろん、問題のある飲酒がすべて暴言や暴力につながるわけではありません。
私自身も、飲酒によって暴言や暴力が出るタイプではありませんでした。
ただ、一般的には、飲酒の問題が進むと、感情のコントロールが難しくなったり、家族との口論が増えたり、場合によっては暴言や暴力につながることもあります。
また、家庭内だけでなく、職場や友人関係にも影響が出ることがあります。
飲み会で失言する。
約束の時間に遅れる。
酔った状態で連絡してしまう。
翌日の予定をキャンセルする。
お酒の席での言動を覚えていない。
こうしたことが積み重なると、周囲からの見方も少しずつ変わっていきます。
最初は笑って許されていたことでも、何度も続くと、次第に信頼を失っていきます。
本人は「お酒のせい」「酔っていただけ」と思うかもしれません。
しかし、周囲から見れば、それも含めてその人の行動です。
お酒を飲んでいたから仕方ない、では済まされないこともあります。
問題のある飲酒は、体を壊すだけではありません。
生活の質を下げるだけでもありません。
家族や周囲の人との信頼を、少しずつ削っていくことがあります。
そして、失った信頼を取り戻すには、とても時間がかかります。
だからこそ、飲酒によって人間関係に小さな違和感が出ているなら、その時点で立ち止まることが大切だと思います。
注意される。
心配される。
飲み方を指摘される。
隠れて飲むようになる。
嘘をつくようになる。
それは、単なる家庭内の小さな問題ではなく、飲酒を見直すためのサインかもしれません。
お酒によって信頼を失い始めているなら、それはすでに大切なものが傷つき始めているということだと思います。
問題のある飲酒は、典型的な依存症でなくても進んでいく
問題のある飲酒が怖いのは、最初から明らかに深刻な形で現れるとは限らないことです。
もちろん、飲酒の問題が進むと、一般的にはアルコール依存症と呼ばれる状態に近づいていくことがあります。
たとえば、
飲む量や時間を自分でコントロールできなくなる。
飲まないと落ち着かなくなる。
飲酒をやめたり減らしたりすると、イライラ、不眠、吐き気、手の震え、発汗、動悸などの離脱症状が出る。
それを抑えるために、また飲んでしまう。
こうした状態になると、飲酒は単なる楽しみやストレス解消ではなくなっていきます。
本人の意思だけで飲酒を止めることが、だんだん難しくなっていくことがあります。
さらに問題が進むと、朝から飲む、何日も飲み続ける、体からアルコールが抜けないような飲み方になるなど、いわゆる連続飲酒に近い状態になることもあります。
仕事に行けなくなる。
家庭生活が崩れる。
家族との関係が悪化する。
経済的な問題を抱える。
医療機関での治療や入院が必要になる。
こうした状態に至る人もいます。
そして、アルコール依存症では、本人が「自分はそこまでではない」「自分は依存症ではない」と考え、問題を認めにくいことがあります。
いわゆる「否認」と呼ばれる状態です。
周囲から見ると飲み方に明らかな問題が出ていても、本人は、
「自分はまだ大丈夫」
「本当に依存症の人とは違う」
「仕事には行けている」
「飲まない日もある」
「やめようと思えばやめられる」
と考えてしまうことがあります。
この「自分だけは違う」という感覚は、問題のある飲酒を考えるうえで、とても重要だと思います。
なぜなら、飲酒の問題は、本人が「これはまずい」とはっきり自覚してから始まるとは限らないからです。
むしろ、本人が「まだ大丈夫」と思っている間に、少しずつ進んでいくことがあります。
ただ、私自身は、そこまで典型的なアルコール依存症の状態を経験したわけではありません。
連続飲酒をしていたわけではありません。
お酒が切れると手が震えるような状態でもありませんでした。
長期入院をしたこともありません。
飲酒によって暴言や暴力が出るタイプでもありませんでした。
だからこそ当時の私は、
「自分はそこまで深刻ではない」
「依存症ではない」
「少し飲むくらいなら問題ないのではないか」
と考えていました。
実際、慢性膵炎になったあとも、定期的な血液検査で大きな異常が出ていない時期がありました。
そのため、
「少し飲んでも数値に出ていない」
「体に悪いなら、もっと検査結果に表れるのではないか」
「この程度なら大丈夫なのではないか」
と、自分に都合よく考えていた部分がありました。
でも、今振り返ると、私の問題はそこにあったのだと思います。
問題は、お酒の量だけではありませんでした。
毎日大量に飲んでいたかどうか。
暴言や暴力があったかどうか。
仕事に行けなくなっていたかどうか。
連続飲酒をしていたかどうか。
そうした分かりやすい問題だけが、問題のある飲酒ではないと思います。
私の場合、本当に問題だったのは、
医師からお酒をやめるように言われていたのに、飲んでいたこと。
慢性膵炎という病気になっていたのに、「少しなら大丈夫」と考えていたこと。
家族に心配されていたのに、その心配を少し大げさなものとして見ていたこと。
そして、飲むための理由を、自分の中で探していたことでした。
検査数値に異常が出ていない。
少量だから大丈夫。
毎日大量に飲んでいるわけではない。
依存症のような症状はない。
仕事にも行けている。
そう考えることで、自分の飲酒を正当化していました。
でも、本当は、すでに大切なところで判断がずれていたのだと思います。
医師からお酒をやめるように言われているなら、本来は飲まない方がいい。
家族が心配しているなら、その心配を軽く扱わない方がいい。
慢性膵炎になったなら、検査数値だけで安心しない方がいい。
そう考えるべきだったのだと思います。
それでも私は、
「少しなら大丈夫ではないか」
「今のところ問題は出ていない」
「そこまで厳しく考えなくてもいいのではないか」
と、自分にとって都合のいい方向に考えていました。
飲酒の問題は、飲んでいる量だけではなく、飲むために自分を納得させてしまうところにも表れるのだと思います。
私の場合は、まさにそこでした。
お酒を飲みたいという気持ちが先にあり、そのための理由を後から探していた。
今振り返ると、そうだったのだと思います。
もちろん、私の経験は、アルコール依存症のすべてを語れるものではありません。
もっと深刻な状態を経験している人もいます。
連続飲酒、離脱症状、入院、家族関係の崩壊、仕事への支障など、より大きな問題に直面している人もいると思います。
だからこそ、問題のある飲酒を軽く見ない方がいいのだと思います。
「自分はそこまでではない」
「まだ普通に生活できている」
「検査では大きな問題が出ていない」
そう思っている段階でも、飲酒を見直した方がいいサインは出ていることがあります。
本当に危ないのは、明らかに生活が壊れてからではなく、まだ大丈夫だと思いながら飲み続けている時期なのかもしれません。
今は、断酒を6年以上続けています。
その中で感じているのは、私に必要だったのは「上手に飲む方法」ではなく、やはり「飲まない生活を作ること」だったということです。
もちろん、人によって状況は違います。
減酒が適切な人もいるかもしれません。
医師や専門機関と相談しながら考えるべき人もいると思います。
ただ、少なくとも私の場合は、慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていた以上、
「少しなら大丈夫」
という考え方そのものが危うかったのだと思います。
私にとって問題のある飲酒とは、大量に飲むことだけではなく、飲んではいけない理由を自分の都合で弱めてしまうことでした。
そこに気づけたことが、断酒を続けるうえで大きかったのだと思います。
問題のある飲酒に気づいたときに考えたいこと
問題のある飲酒に気づいたとき、大切なのは、まず自分の飲み方を正当化していないかを考えることだと思います。
お酒の問題がある人は、必ずしも最初から、
「自分は本当に危ない」
「このままだと大変なことになる」
と考えているわけではありません。
むしろ、
「自分はそこまでではない」
「もっとひどい人がいる」
「仕事には行けている」
「検査では大きな問題が出ていない」
「家族が心配しすぎているだけではないか」
と、自分はまだ大丈夫だと思える理由を探してしまうことがあります。
厚生労働省も、アルコール依存症は「否認の病」とも言われ、本人が自分の病気を認めたがらない傾向があると説明しています。
もちろん、飲酒に不安を感じている人が、すべてアルコール依存症というわけではありません。
ただ、家族や周囲から飲み方を心配されている。
医師からお酒を控えるように言われている。
健康診断で数値を指摘されている。
飲んだ翌日に後悔することが増えている。
隠れて飲むようになっている。
それにもかかわらず、
「でも、自分は違う」
「まだ大丈夫」
「そこまで問題ではない」
と考え始めているなら、その時点で一度立ち止まった方がいいと思います。
問題のある飲酒で本当に危ないのは、問題があることそのものよりも、問題がない理由を探し始めることなのかもしれません。
私自身も、慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていました。
それでも、定期検査の血液検査で大きな異常が出ていないことを理由に、
「少しなら大丈夫ではないか」
「数値に出ていないなら、体には悪くないのではないか」
「家族が心配しているとしても、少し大げさなのではないか」
と考えていた時期がありました。
今振り返ると、それは冷静な判断というより、飲むための理由を探していたのだと思います。
本当に見るべきだったのは、検査数値だけではありませんでした。
医師からお酒をやめるように言われていること。
家族が心配していること。
自分が隠れて飲んでいたこと。
飲んだあとに、どこかで後ろめたさを感じていたこと。
そうした事実も、十分に大切なサインでした。
飲酒の問題は、数値だけで判断できるものではありません。
体に出ているサイン。
生活に出ているサイン。
家族との関係に出ているサイン。
自分の心の中に出ているサイン。
それらを合わせて見ていく必要があるのだと思います。
また、飲酒の問題がすでに大きくなっている場合は、一人で何とかしようとしすぎないことも大切です。
飲まないと手が震える。
飲まないと眠れない。
朝から飲んでしまう。
何日も飲み続けてしまう。
仕事や家庭生活に支障が出ている。
家族との関係が大きく悪化している。
このような状態がある場合は、医療機関や専門機関に相談した方がいいと思います。
アルコール依存症や問題飲酒は、本人の意志だけで何とかすればいいという単純な問題ではありません。
状態によっては、医師や専門家の支援が必要になります。
また、急にお酒をやめることで離脱症状が強く出る場合もあります。
すでに飲酒量が多い人や、飲まないと体調に異変が出る人は、自己判断だけで急に断酒するのではなく、医師や専門機関に相談することが大切です。
一方で、まだそこまで深刻ではない段階でも、飲み方を見直す意味は大きいと思います。
「最近、飲み方が少し危ないかもしれない」
「飲んだ翌日に後悔することが増えた」
「家族に心配されることが増えた」
「お酒を飲む理由を探している気がする」
そう感じているなら、その時点で立ち止まる価値があります。
問題が大きくなってからではなく、まだ小さいうちに気づける方がいい。
生活が壊れてからではなく、まだ立て直せるうちに考えた方がいい。
信頼を失い切ってからではなく、まだ守れるうちに向き合った方がいい。
私はそう思います。
私の場合、最終的には「少し飲む」ではなく、「飲まない生活」を作ることが必要でした。
もちろん、すべての人に同じ答えが当てはまるわけではありません。
人によっては、減酒を医師と相談しながら進める場合もあると思います。
すでに依存症が疑われる場合には、専門的な治療が必要になることもあります。
大切なのは、自分に都合のいい結論を急いで出さないことです。
「まだ大丈夫」と言い聞かせるのではなく、本当に大丈夫なのかを一度立ち止まって考える。
自分一人で判断せず、必要なら医師や専門機関に相談する。
家族の心配を、単なる取り越し苦労として片づけない。
その一つひとつが、問題のある飲酒から抜け出すための入り口になるのだと思います。
問題のある飲酒に気づいたときに大切なのは、自分を責めることではなく、自分に都合よく「問題ない」と考えていないかを見直すことだと思います。
まとめ|問題のある飲酒は、体だけでなく生活全体を崩していく
問題のある飲酒を続けると、影響は体だけにとどまりません。
肝臓や膵臓、脳、睡眠、メンタルなど、体のさまざまな部分に負担がかかることがあります。
また、飲んでいる時間だけでなく、翌日の体調や集中力にも影響します。
二日酔いで午前中が使えなくなる。
本来できたはずのことができなくなる。
仕事の質が落ちる。
お酒代だけでなく、飲酒に伴う出費も増えていく。
そうして、生活の時間やお金、体力が少しずつ削られていくことがあります。
さらに大きいのは、信頼への影響です。
厚生労働省も、アルコール依存症では仕事や家庭生活など生活面にも支障が出ることがあると説明しています。また、アルコール依存症は「否認の病」とも言われ、本人が自分の病気を認めたがらず、適切な相談や治療につながりにくい問題があるとされています。
家族に心配されても、「大丈夫」と考える。
医師に止められていても、「少しなら問題ない」と考える。
検査数値に異常が出ていないことを理由に、自分の飲酒を正当化する。
隠れて飲む。
飲むための理由を探す。
こうしたことが続くと、本人はそれほど大きな問題だと思っていなくても、周囲から見れば、少しずつ信頼が失われていきます。
厚生労働省の資料でも、アルコール依存症では生活の中心が飲酒で占められ、仕事への影響や約束不履行などから社会的信用を失い、家族との関係が悪化して家庭が機能不全に陥ることがあると説明されています。
問題のある飲酒の怖さは、ある日突然すべてが壊れることだけではありません。
むしろ怖いのは、
「まだ大丈夫」
「自分はそこまでではない」
「もっとひどい人がいる」
「仕事には行けている」
「検査では問題が出ていない」
そう考えているうちに、少しずつ体も、生活も、信頼も傷ついていくことだと思います。
そして、飲酒によって傷ついた信頼は、必ずしも簡単に元に戻るわけではありません。
お酒をやめたからといって、すぐにすべてが元通りになるとは限りません。
一度積み重なった不安や不信感は、相手の中に残ることがあります。
「また飲むのではないか」
「また隠すのではないか」
「また約束を破るのではないか」
そう思われてしまうと、信頼を取り戻すには、長い時間がかかります。
場合によっては、完全には戻らないこともあると思います。
私自身も、慢性膵炎になり、医師からお酒をやめるように言われていました。
それでも一時期は、
「少しなら大丈夫ではないか」
「検査では大きな異常が出ていない」
「そこまで厳しく考えなくてもいいのではないか」
と考えて、再び飲んでしまいました。
妻の不倫という別の大きな原因があったとはいえ、慢性膵炎なのに隠れて飲んでいたことによって、家族からの信頼を失った部分も少なからずあったと思います。
最終的には離婚にも至りました。
だから私は、断酒をすれば必ずすべてを取り戻せる、とは簡単には言えません。
飲酒によって傷ついたものの中には、元に戻らないものもあります。
失った信頼。
壊れた関係。
積み重なった不信感。
そのすべてを、なかったことにはできません。
問題のある飲酒は、体だけでなく、人生の大切な土台まで傷つけてしまうことがあります。
ただ、それでも、そこから新しい生活を作ることはできます。
私自身、断酒を6年以上続ける中で、少なくともお酒に生活を振り回されることはなくなりました。
二日酔いで午前中を失うことはなくなりました。
隠れて飲むこともなくなりました。
飲むための理由を探す必要もなくなりました。
そして、お酒をやめたことで、英語学習、ブログ、note、仕事への向き合い方、投資、トレードなど、別のことに時間とエネルギーを使って、充実した生活が送れるようになりました。
元に戻ることと、新しく作り直すことは違います。
すべてを元通りにできるわけではない。
でも、これ以上壊さないことはできる。
これからの生活を作り直すことはできる。
新しい挑戦を始めることはできる。
私は、そこに断酒の意味があると思っています。
もちろん、すべての人に同じ答えが当てはまるわけではありません。
減酒で改善できる人もいるかもしれません。
一方で、すでにアルコール依存症が疑われる場合や、離脱症状がある場合には、自己判断だけで何とかしようとせず、医師や専門機関に相談することが大切です。
厚生労働省も、依存症やその関連問題について、保健所、精神保健福祉センター、依存症相談拠点、自助グループ、家族会などの相談先を紹介しています。
もし今、自分の飲み方に少しでも不安があるなら、
「まだ大丈夫」と言い聞かせる前に、
一度、立ち止まって考えてみてもいいのだと思います。
体にサインが出ていないか。
生活に影響が出ていないか。
家族や周囲の信頼を傷つけていないか。
そして、自分に都合よく「問題ない」と考えていないか。
問題のある飲酒は、早く気づけるほど、立て直せる可能性も高くなります。
お酒との付き合い方を見直すことは、自分の体と生活、そして大切な人との信頼をこれ以上傷つけないための大事な一歩なのだと思います。
※もし、今まさにお酒をやめたい、あるいは飲み方を見直したいと思っている場合は、まずは自分の状態を冷静に整理することが大切です。
断酒を始める考え方や、私自身が6年以上続ける中で感じたことについては、別の記事でも詳しく書いています。


コメント