お酒をやめると人生は変わる?6年以上断酒して分かった本当の答え

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お酒をやめると、人生は変わるのか。

断酒を始めようとしている人や、すでにお酒をやめている人の中には、一度はそんなことを考えたことがあるかもしれません。

私自身も、断酒を始めた頃は、どこかでそう期待していました。お酒をやめれば、体調が良くなり、気持ちも安定し、人生も少しずつ良い方向に変わっていくのではないか。正しい選択をしているのだから、きっと報われるはずだと考えていました。

しかし、6年以上断酒を続けてきた今、正直に言うと、断酒をしたからといって人生の問題がすべて消えるわけではありませんでした。 仕事の悩みも、人間関係の難しさも、自分自身の弱さも、なくなるわけではありません。

むしろ、お酒でごまかしていたものが、以前よりもはっきり見えるようになりました。

それでも私は、お酒をやめてよかったと思っています。人生が急に楽になったからではありません。お酒に逃げずに、自分の現実をしらふで受け止めるようになったからです。

私にとって断酒は、人生を劇的に変える魔法ではありませんでした。ただ、人生をごまかさずに見るための土台にはなりました。

この記事では、私がお酒をやめた理由、断酒して本当に変わったこと、そして変わらなかった現実について、6年以上断酒を続けてきた今の視点から正直に振り返ります。

同じようにお酒との付き合い方に悩んでいる方や、断酒を続ける意味を考えている方の、何かの参考になれば幸いです。

※断酒全体の流れや続け方については、こちらの記事でも詳しくまとめています。

お酒をやめると人生は変わるのか

この問いに対して、6年以上断酒を続けてきた私の答えは、半分は「変わる」で、半分は「変わらない」です。

お酒をやめたからといって、人生の問題が急に消えるわけではありません。仕事の悩みも、人間関係の難しさも、自分自身の弱さも、断酒をしただけでなくなるわけではありません。

むしろ、私の場合は、お酒をやめたことで、それまで見ないようにしていた現実が、よりはっきり見えるようになりました。

飲んでいた頃は、不安や後悔、怒り、寂しさのようなものを、お酒で一時的に薄めることができました。嫌なことがあっても、飲めばその時間だけは考えなくて済みました。

でも、断酒をすると、それができなくなります。

つらいことがあっても、しらふのまま受け止めるしかありません。眠れない夜も、気持ちが沈む日も、誰かとの関係に悩む時間も、お酒でごまかすことができません。

その意味では、断酒は人生を楽にしてくれるものではありませんでした。

ただ、その一方で、確かに変わったこともあります。

私は、お酒に逃げずに自分の感情を見るようになりました。失敗したときも、誰かやお酒のせいにせず、自分の選択として受け止めるようになりました。

うまくいかない現実も、すぐには変えられない人間関係も、少なくともごまかさずに見ようとするようになりました。

これは、派手な変化ではありません。

急に前向きになったわけでも、人生が劇的に好転したわけでもありません。けれど、飲んでいた頃のように、自分の人生から目をそらし続けることは少なくなりました。

私にとって、お酒をやめて人生が変わったというのは、楽しいことばかりが増えたという意味ではありません。

人生をごまかさずに見るようになった。

その意味で、私の人生は確かに変わったのだと思います。

私がお酒をやめた理由

私が本格的に断酒を始めたのは、2019年8月26日です。

今振り返ると、この日は「お酒をやめた日」というより、これ以上自分をごまかすのをやめた日だったように思います。

私は20歳の頃から、ほぼ毎日のようにお酒を飲む生活を続けていました。好きだったのはビールやチューハイで、ワインやシャンパンもよく飲んでいました。

ただ、自分ではいわゆる“大酒飲み”という自覚はありませんでした。

1日に飲む量も、多いときで缶ビールやチューハイを4〜5本程度。会社の歓迎会や送別会で飲み過ぎて二日酔いになることはありましたが、それでも「自分は節度のある飲み方をしている」と思っていました。

しかし、30歳を過ぎた頃から、原因の分からない激しい腹痛に襲われることがありました。当時は深刻に受け止めていませんでしたが、今振り返ると、体からの警告だったのだと思います。

そして42歳のとき、慢性膵炎と診断され、約2か月間の入院生活を送ることになりました。医師からは、「次に膵炎を起こせば命に関わる」と告げられました。

その後しばらくは、お酒を完全にやめることができていました。再発すれば命に関わるという恐怖があったからです。

それでも、心のどこかでは納得しきれていませんでした。

「慢性膵炎は、もっと大量にお酒を飲む人がなる病気ではないのか」
「自分はそこまで飲んでいない」
「少しくらいなら大丈夫なのではないか」

そんな都合のいい考えが、少しずつ自分の中に戻ってきました。

入院から約4年後、私は家族に隠れて再びお酒を飲み始めました。最初は少しだけのつもりでした。

不思議なことに、すぐに体に目立った不調は起こりませんでした。

それが、さらに私を油断させました。

当時高校生だった息子に飲酒を見つかっても、私は素直に反省できませんでした。

「これくらい、いいじゃないか」
「仕事もしているし、ギャンブルもタバコもしない」
「これくらいの楽しみがなければ生きていてもつまらない」

そうやって、自分の飲酒を正当化していました。

しかし、家族からすれば、それは大きな不安だったと思います。慢性膵炎で入院し、命に関わると言われた人間が、また隠れてお酒を飲んでいる。その姿を見れば、不安にならないはずがありません。

それでも私は、その家族の気持ちから目を背け続けました。

アルコール専門病院にも通いましたが、結果的にお酒をやめることはできませんでした。

なぜなら、「飲んでも何も起こらない」という事実を、「自分は大丈夫だ」という誤った安心材料にしてしまっていたからです。

こうして私は、隠れて飲む、見つかる、しばらくやめる、また隠れて飲む、という生活を約4年間も繰り返しました。

その間に、嘘をつく回数は増え、家族からの信用は少しずつ失われていきました。

そして2019年の夏、家族が私をまったく信用できなくなっているという現実を、ようやく突きつけられました。

そのとき初めて、私は本気で思いました。

このままでは、本当にすべてを失う。

体だけではありません。家族との関係も、自分自身への信用も、すでに失いかけていました。

お酒をやめることは、健康のためだけではありませんでした。

私にとって断酒は、これ以上自分を裏切らないための選択であり、これ以上大切な人を不安にさせないための選択でした。

こうして始まったのが、今も続いている断酒生活です。

お酒をやめて本当に変わったこと

お酒をやめてから、確かに変わったことはあります。

ただし、それは「人生が一気に明るくなった」とか、「すべてが前向きになった」というような変化ではありません。

私の場合は、もっと地味で、もっと静かな変化でした。

一番大きかったのは、日々の判断や感情が、お酒に左右されなくなったことです。

お酒を飲んでいた頃は、自分では普通に生活しているつもりでした。仕事もしていましたし、家庭のこともしていました。毎日泥酔していたわけでもありません。

それでも今振り返ると、生活の一部が、確実にお酒に支配されていました。

飲んでいる時間だけではありません。飲む前の楽しみ、飲んだ後のだるさ、翌日の重さ、家族に隠している後ろめたさ。そうしたものが、少しずつ自分の時間や思考を奪っていたのだと思います。

断酒をすると、その部分がなくなります。

毎日が急に楽しくなるわけではありません。むしろ、しらふで向き合わなければならない時間が増えます。

ただ、少なくとも、自分の判断や行動をお酒のせいにすることはできなくなりました。

良い選択も、悪い選択も、自分のものとして残ります。うまくいったことも、失敗したことも、酔っていたからではなく、自分がそう考え、そう行動した結果として受け止めるようになります。

これは楽なことではありません。

でも、私にとっては大きな変化でした。

お酒をやめて本当に変わったのは、人生が楽になったことではなく、自分の人生を自分で引き受ける感覚が戻ってきたことです。

飲んでいた頃は、嫌なことがあれば飲むことで一時的に薄めることができました。納得できないことがあっても、寂しさがあっても、不安があっても、飲んでいる間だけは少し距離を取ることができました。

しかし、それは解決ではありませんでした。

断酒を続ける中で、私は少しずつ、自分の感情をごまかさずに見るようになりました。

「なぜ今、自分は腹が立っているのか」
「何に不安を感じているのか」
「本当は何がつらいのか」

そういうことを、お酒でぼかさずに考えるようになりました。

もちろん、いつも冷静にできるわけではありません。感情に振り回されることもありますし、落ち込むこともあります。

それでも、飲んでごまかしていた頃よりは、自分の内側で起きていることに気づけるようになったと思います。

もうひとつ大きかったのは、時間がしらふの状態で積み重なるようになったことです。

酔って記憶が曖昧になることもありません。二日酔いで一日を無駄にすることもありません。夜に飲んだことを翌朝後悔することもありません。

これは一見すると、地味な変化です。

でも、長く続けていると、この地味な変化がとても大きいことに気づきます。

毎日をしらふで終える。翌朝、昨日の自分に後ろめたさを感じずに起きる。家族に隠しごとをしていない状態で過ごす。

そうした一つひとつが、自分自身への小さな信頼になっていきました。

断酒によって、何か特別な人間になったわけではありません。

ただ、少なくとも私は、お酒を飲んでいた頃よりも、自分をごまかさずに生きようとするようになりました。

その変化は、派手ではありません。

けれど、6年以上断酒を続けてきた今、私にとっては、それが一番大きな変化だったと思います。

お酒をやめても変わらなかったこと

お酒をやめると、人生のすべてが良い方向に進んでいく。

断酒を始めた頃の私は、心のどこかでそんな期待をしていました。

もちろん、頭では分かっていました。お酒をやめたからといって、仕事の問題がなくなるわけでも、人間関係の悩みが消えるわけでもない。そんなことは、冷静に考えれば分かります。

それでも、どこかで期待していたのだと思います。

「正しいことをしているのだから、少しは報われるはずだ」
「お酒をやめたのだから、人生も少しは楽になるはずだ」

そんな気持ちがありました。

しかし、現実はそこまで単純ではありませんでした。

お酒をやめても、仕事で悩む日はあります。人間関係で傷つくこともあります。自分の弱さに嫌になる日もあります。

朝起きた瞬間から気持ちが重い日もありますし、何もかも面倒に感じる日もあります。

断酒をしているからといって、毎日が前向きになるわけではありません。

むしろ、お酒をやめたことで、これまでお酒でぼかしていた現実が、はっきり見えるようになりました。

飲んでいた頃は、嫌なことがあっても、夜になればお酒で少し気持ちを紛らわせることができました。つらいことがあっても、飲んでいる時間だけは、考えないで済むこともありました。

でも、断酒をすると、それができません。

不安も、怒りも、寂しさも、後悔も、そのまま自分の中に残ります。

これは、正直に言えば、楽なことではありません。

お酒をやめたのに苦しい。
お酒をやめたのに、人生が思ったほど良くならない。
お酒をやめたのに、まだ自分は弱いままだ。

そう感じることもありました。

でも今は、それも断酒の一部なのだと思っています。

断酒は、人生の問題を消してくれるものではありません。むしろ、問題をしらふで見る状態に戻してくれるものです。

だから、お酒をやめても変わらないことはあります。

過去にしてしまったことは消えません。失った信用がすぐに戻るわけでもありません。自分の性格や弱さが、急に別人のように変わるわけでもありません。

ただ、それらをごまかさずに見るようにはなりました。

私は、断酒をしてから、自分の弱さを前よりも強く感じるようになりました。

それは、弱くなったからではないと思います。これまでお酒で見えにくくしていたものが、見えるようになっただけなのだと思います。

そう考えると、断酒後に感じる苦しさは、失敗ではありません。

むしろ、自分の人生をきちんと見始めたからこそ出てくる苦しさなのかもしれません。

お酒をやめても、人生は簡単にはなりません。

ただ、逃げずに見ることはできるようになります。

私にとって、それは「変わらなかったこと」であると同時に、「変わり始めたこと」でもありました。

家族や人間関係の信用はすぐには戻らない

お酒をやめれば、家族との関係も少しずつ元に戻っていく。

断酒を始めた頃の私は、どこかでそう期待していました。

もちろん、すぐにすべてが元通りになるとは思っていませんでした。それでも、飲まない日を積み重ねていけば、いつかは分かってもらえる。そう考えていた部分がありました。

しかし、現実はそれほど簡単ではありませんでした。

お酒をやめたからといって、それまで傷つけてきた人の不安が、すぐに消えるわけではありません。

何度も嘘をつかれ、何度も心配させられ、そのたびに裏切られてきた側からすれば、「もう飲んでいない」という言葉を簡単に信じられるはずがありません。

私自身、隠れて飲む生活を繰り返す中で、家族に多くの不安と失望を与えてきました。

断酒していると言いながら嘘をつき、自分の言葉の価値を、自分で下げ続けてきたのだと思います。

その結果、断酒を始めた当初、私の言葉はほとんど信用されていませんでした。

「本当にやめているのか」
「またどこかで隠れて飲んでいるのではないか」

そう思われていたとしても、不思議ではありません。

正直に言えば、一生懸命断酒を続けている側としては、疑われることがつらく感じる日もありました。

「ここまで頑張っているのに、なぜ信じてもらえないのか」
「もう飲んでいないのに、なぜ過去の自分で見られ続けるのか」

そんな気持ちになることもありました。

でも、冷静に考えれば分かります。

信じられなくしてしまった原因は、自分自身にあります。

これまでの嘘や行動が、今の関係をつくっている。そう受け止めるしかありませんでした。

信用は、断酒を始めた日から自動的に戻るものではありません。飲まない日を重ねながら、少しずつ積み直していくものです。

そして、場合によっては、何年経っても完全には戻らない関係もあると思います。

それは厳しい現実です。

しかし、その厳しさも含めて、自分がしてきたことの結果なのだと思います。

断酒は、過去を消してくれるものではありません。

過去に言った嘘も、家族に与えた不安も、失った信用も、なかったことにはできません。

それでも、今からできることはあります。

今日も飲まないこと。嘘をつかないこと。疑われても、逆ギレしないこと。信じてもらえない時間も、自分が積み重ねてきた結果として受け止めること。

それを続けるしかありません。

人間関係の修復とは、過去を消すことではなく、過去を抱えたまま、今の行動を積み重ねていくことなのだと思います。

そして、一緒にいてくれる人がいるなら、そのこと自体を軽く見てはいけないとも感じています。

見放されてしまってもおかしくなかった中で、それでも関係が続いている。

その事実に、もっと感謝しなければいけない。

6年以上断酒を続けてきた今、私はそう思っています。

それでも私がお酒を飲まない理由

ここまで書いてきたように、お酒をやめたからといって、人生がすべて楽になるわけではありません。

むしろ、しらふでいるからこそ、見たくない現実や感情と向き合わなければならない場面も増えます。

それでも私は、お酒を飲みません。

理由はとてもシンプルです。

ここで再びお酒に手を伸ばしてしまえば、また同じ場所に戻ってしまうからです。

一度飲めば、すぐに昔と同じ状態になるとは限らないかもしれません。最初は「少しだけ」で済むように思うかもしれません。

でも、私の場合は、その「少しだけ」が何度も嘘につながりました。

少しだけ飲む。
それを隠す。
見つかる。
しばらく反省する。
また、隠れて飲む。

その繰り返しの中で、私は家族の信用を失い、自分自身への信用も失っていきました。

だから、私にとってお酒は、単なる飲み物ではありません。

飲めば楽しくなるもの、気分転換になるもの、少しリラックスできるもの。そういう見方もあるのかもしれません。

しかし、私にとってのお酒は、再び嘘をつく入口になり、自分をごまかす入口になり、大切なものを失う入口になり得るものです。

そのことを、私は自分の経験として知っています。

だから飲みません。

楽しい思い出がないわけではありません。若い頃に飲みに行った時間や、友人たちと過ごした時間、年末年始のにぎやかな空気。そういうものを思い出すこともあります。

ただ、その楽しかった記憶も、今では少し違った形で思い返されます。

あの楽しい時間の延長線上で、自分は隠れて飲み、人を不安にさせ、信用を失っていったのではないか。

そう考えると、楽しい記憶だけを都合よく切り取ることはできません。

過去をすべて否定するつもりはありません。

けれど、お酒が自分にもたらしたものを、もう軽く見ることはできません。

お酒を飲めば、一時的には楽になるかもしれません。気持ちが軽くなる時間もあるかもしれません。考えたくないことを、少しだけ忘れられるかもしれません。

でも、その代わりに失うものの大きさを、私はもう知っています。

信用。
家族との関係。
自分自身への信頼。

それらを手放してまで、お酒に逃げる人生は、私にとってもう選択肢ではありません。

私がお酒を飲まない理由は、強い人間になったからではありません。もう同じ場所に戻りたくないからです。

断酒は、特別な才能でも、強い意志の証明でもないと思います。

少なくとも私にとっては、今日一日をしらふで終える。それを積み重ねていくことです。

うまくいかない日があっても、気持ちが沈む夜があっても、飲まないという選択だけは手放さない。

それは、正しい人間であるためというより、これ以上自分をごまかさないための最低限の約束です。

完璧にはできないかもしれません。

迷うことも、弱くなることもあると思います。

それでも私は、今日もお酒を飲みません。

まとめ|お酒をやめると人生は変わるのか

お酒をやめると人生は変わるのか。

6年以上断酒を続けてきた私の答えは、やはり、半分は「変わる」で、半分は「変わらない」です。

お酒をやめたからといって、人生の問題がすべて消えるわけではありません。

仕事の悩みも、人間関係の難しさも、自分自身の弱さも、なくなるわけではありません。むしろ、お酒でごまかしていたものが、以前よりもはっきり見えるようになることがあります。

断酒は、人生を楽にしてくれる魔法ではありません。

過去にしてしまったことを消してくれるわけでも、失った信用をすぐに取り戻してくれるわけでもありません。しらふで生きるからこそ、見たくない現実と向き合わなければならない場面もあります。

それでも私は、お酒をやめてよかったと思っています。

判断力が安定し、感情をごまかさなくなり、嘘をつかずに過ごせる日が積み重なっていく。その一つひとつが、自分自身への小さな信頼になっていきました。

私にとって、お酒をやめて人生が変わったというのは、毎日が楽しくなったとか、急に前向きになったという意味ではありません。

お酒でごまかしていた人生を、しらふで引き受けるようになった。

その意味で、私の人生は確かに変わったのだと思います。

もし今、お酒との付き合い方に悩んでいる方がいるなら、いきなり一生やめると考えなくてもいいと思います。

まずは、今日一日だけ飲まない。

それだけでも、何かが少し変わる可能性はあります。

完璧である必要はありません。前向きでなくてもいいと思います。

ただ、今日飲まなかった一日は、確実に残ります。

そして、その一日が積み重なった先に、いつか振り返って「少し変わったのかもしれない」と思える日が来るかもしれません。

私は、そう信じて今日もお酒を飲みません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

※なお、強い離脱症状がある場合や、自分だけでお酒をやめることに不安がある場合は、無理をせず医療機関や専門窓口に相談してください。

※断酒に関する記事は、こちらにまとめています。

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