2025年の「今年の漢字」、私は見ていなかった|発表されたばかりなのに気づかなかった理由

その他日常のモロモロ

2026年が始まって、まだそれほど時間は経っていません。
ふとしたときに、こんなことを思いました。

「2025年の“今年の漢字”って、何だったんだろう?」

毎年、年末になるとニュースで大きく取り上げられる「今年の漢字」。
12月になると必ず目にしているはずなのに、
今回はなぜか まったく思い出せませんでした

正確に言うと、
「忘れてしまった」という感覚よりも、
そもそも見た記憶がない という方が近い気がします。

発表されたのは、つい1か月ほど前のはずです。
それなのに、私はその漢字を知らないまま年を越していました。

もしかすると、
同じように「そういえば見ていないかも」と感じる人は、
意外と多いのではないでしょうか。

なぜ、これほど話題になるはずの「今年の漢字」を、
発表されたばかりなのに見ていなかったのか。
そして、改めて調べてみると、そこから何が見えてくるのか。

この記事では、
2025年の「今年の漢字」をあらためて確認しながら、
なぜ気づかないまま過ぎてしまったのか
そして 漢字一文字で一年を振り返る意味 について考えてみたいと思います。

2025年の「今年の漢字」は「熊」だった

2025年の「今年の漢字」は、「熊」 でした。
京都・清水寺で、貫主の森清範(もり・せいはん)さんが大書する、あの年末恒例の発表です。

「熊」が選ばれた最大の理由は、2025年に全国各地で熊の出没が相次ぎ、被害や不安が社会問題として強く意識されたことです。
市街地など生活圏での目撃が続き、イベント中止や休校、農作物被害など、生活や経済活動への影響も広がった――こうした点が背景として説明されています。

さらに補足的な理由として、ニュースで話題になった「熊」猫(=パンダ)にも触れられています。

なお、投票結果としても「熊」は多くの支持を集めています(応募総数のうち「熊」が最多)。

ここまで読むと、「確かに2025年を象徴する一字かもしれない」と納得感はあります。
ただ、私にとってより印象的だったのは――この漢字が発表されたのがつい最近なのに、私は「忘れた」というより そもそも見ていなかった(気づいていなかった) 可能性が高い、という点でした。

なぜ「発表されたばかり」なのに、私は見ていなかったのか

2025年の「今年の漢字」が「熊」だったと知って、
正直なところ、少し意外に感じました。

それと同時に、
「忘れていた」というよりも、
そもそも自分の目に入っていなかったのではないか
という感覚のほうが強くなりました。

発表されたのは、つい1か月ほど前の出来事です。
それにもかかわらず、私はその情報を
意識的に見た記憶がありません。

理由の一つは、
年末という時期特有の情報の多さ にあると思います。

12月は、

・年末年始のニュース
・経済・株式市場の動き
・仕事や私生活の忙しさ
・来年に向けた話題

など、多くの情報が一気に流れ込む時期です。

その中で「今年の漢字」は、
毎年必ず話題になるとはいえ、
自分が関心を向けていないと、あっという間に流れてしまう情報
でもあります。

また、今はテレビや新聞だけでなく、

・SNS
・ニュースアプリ
・動画配信サービス

など、情報の入口が細かく分かれています。

その結果、
自分の関心や行動に合った情報だけが表示され、
それ以外は存在しなかったかのように通り過ぎていく

という状況が生まれやすくなっています。

「今年の漢字」は社会的には大きな話題でも、
私自身の関心の中心が
仕事や相場、別のニュースに向いていたため、
結果としてアンテナに引っかからなかった――
そう考えると、今回の「見ていなかった」という感覚にも納得がいきます。

「今年の漢字」は、見たい人だけが見ているのかもしれない

今回、「熊」という漢字が選ばれていたことを知って感じたのは、
「重要な話題でも、必ずしも全員に届くわけではない」ということでした。

少し前までは、
テレビや新聞を見ていれば、
多くの人が同じニュースを同じタイミングで目にしていました。

しかし今は、

・SNS
・ニュースアプリ
・動画配信サービス

などを通じて、
人それぞれが違う情報を、違う順番で見ています。

その結果、

「話題になった=誰もが知っている」
とは言い切れない時代になっています。

「今年の漢字」は毎年発表され、
ニュースとしては確かに取り上げられています。
それでも、自分の関心が別のところに向いていれば、
その情報は簡単に素通りしてしまいます。

今回、私が2025年の「今年の漢字」を
発表から間もないにもかかわらず見ていなかったのは、
特別なことではなく、
今の情報環境ではごく自然なことなのかもしれません。


それでも、漢字一文字で一年を振り返る意味はある

では、「今年の漢字」を発表のタイミングで見ていなかったことは、
本当に意味のないことだったのでしょうか。

私は、そうは思いません。

むしろ、少し時間が経ってから改めて漢字を見ることで、
その年の出来事や空気感を、まとめて思い出すことができる
という側面があると感じました。

たとえば、過去の「今年の漢字」をいくつか思い返してみると、
漢字一文字だけで、その年の記憶が自然とよみがえってきます。

・2003年の「虎」
 → 阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝し、
   街が熱気に包まれていた年だったことを思い出します。

・2011年の「絆」
 → 東日本大震災が起き、
   人と人とのつながりが強く意識された一年でした。

・2020年の「密」
 → 新型コロナウイルスの感染拡大で、
   日常生活のあらゆる場面が制限されたことが鮮明によみがえります。

こうして見ると、
漢字一文字は出来事を詳しく説明するものではありませんが、
記憶の引き金としては、とても優秀です。

2025年の「熊」も同じです。

この一文字から、

・熊の出没が相次いだニュース
・人と自然の距離が改めて問われたこと
・「当たり前の日常」が必ずしも安全ではないと感じた空気

といった、その年特有の出来事や感覚が連なって思い出されます。

漢字一文字は、
「正解」を与えるためのものではなく、
その年をどう感じ、どう記憶しているかを思い出すための入口
なのかもしれません。

発表された瞬間に知らなくても、
時間が経ってから、自分のペースで振り返ることで、
その漢字はちゃんと意味を持ち始めます。

そう考えると、
「今年の漢字」を少し遅れて知ったことにも、
それなりの価値があったように思えます。

まとめ:知らなかったからこそ、振り返れた一年

2025年の「今年の漢字」が「熊」だったことを、
私は発表からしばらく経って知りました。

「忘れていた」というより、
そもそも見ていなかった――
その事実に気づいたことが、今回この記事を書いたきっかけです。

情報があふれる今の時代では、
どれだけ話題になった出来事でも、
自分の関心の外にあれば、簡単に通り過ぎてしまいます。

それは決して、
無関心でも、記憶力の問題でもなく、
ごく自然なことなのだと思います。

一方で、
漢字一文字で一年を振り返ってみると、
忘れていたはずの出来事や空気感が、
不思議とまとまってよみがえってきました。

「今年の漢字」は、
発表された瞬間に知るためのものではなく、
自分のタイミングで一年を振り返るための入口
なのかもしれません。

もし今、
2025年の漢字を知らなかったとしても、
それは何も問題ありません。

少し立ち止まって、
「この一年は自分にとってどんな年だったのか」
を考えるきっかけにできれば、
その漢字は、きっと意味を持ち始めます。

今年の漢字を見て、
あなたはどんな一年を思い出すでしょうか。

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