
前回の記事では、
ビジュアライゼーションを始めたときに多くの人が感じる、
- うまくできているのかわからない
- 映像が薄い、見えない
- でも、少し落ち着く
という状態が、
失敗ではなく「最初の段階」であることを書きました。
では、その次はどうすればいいのでしょうか。
ここで多くの人が、
次のように考えてしまいます。
「もっとリアルに思い描かなければ」
「細部まで、はっきりイメージできるようにならなければ」
そして、
なりたい自分の姿や、成功した場面を
一気に頭の中で再現しようとして、
また難しさを感じてしまう。
実はここにも、
よくある“つまずきどころ”があります。
ビジュアライゼーションのリアルさは、
最初から
映画のワンシーンのように
長く、鮮明なイメージとして現れるものではありません。
むしろ多くの場合、
ほんの一瞬の感覚や、短い「1コマ」から始まります。
この記事では、
初期段階を過ぎた次にやることとして、
- なぜ「長い映像」を作ろうとすると難しくなるのか
- なぜ「1コマ」で十分なのか
- どんな感覚を扱えばいいのか
を、体験ベースで整理していきます。
無理にリアルさを作りにいかなくても、
自然に立ち上がってくる感覚があります。
その入口が、
「1コマ」という考え方です。
※なお、ビジュアライゼーションを始めたばかりで
「映像が見えない」「これで合っているのかわからない」
と感じている場合は、
初期段階で起きていることを整理したこちらの記事も参考になると思います。
👉[ビジュアライゼーションがうまくできないと感じる人へ──それは失敗ではなく、最初の段階です]
なぜ「リアルに思い描こう」とすると難しくなるのか
ビジュアライゼーションの次の段階として、
「もっとリアルにイメージしよう」と考えるのは、とても自然な流れです。
- 表情はどうなっているか
- 周囲の景色はどう見えるか
- 成功した瞬間の感情はどんなものか
こうした細部を思い描こうとすると、
一見、正しい方向に進んでいるように感じます。
ところが実際には、
ここで一気に難しくなる人が多い。
その理由は、
「リアルに思い描こう」とした瞬間に、
思考が主導権を握ってしまうからです。
リアルさを求め始めると、
私たちは無意識のうちに、
- ちゃんとできているか
- 映像は足りているか
- 他の人みたいにできているか
といった評価を始めてしまいます。
すると、
感じることよりも
確認することに意識が向いてしまう。
これは、
ビジュアライゼーションに必要な状態とは
少しズレています。
本来、イメージのリアルさは、
「作ろう」とした結果として生まれるものではありません。
むしろ、
- 落ち着いた状態の中で
- 評価を挟まず
- ふと立ち上がってくる
そうした形で、自然に現れます。
長い映像や、完成された場面を
一度に思い描こうとすると、
- 情報量が多すぎる
- 思考が忙しくなる
- 感覚が入り込む余地がなくなる
という状態になりやすい。
その結果、
「前よりも難しくなった」
「かえって何も浮かばない」
と感じてしまうのです。
ここで大切なのは、
リアルさを“量”で考えないこと。
長さや細かさを増やすことが、
必ずしもリアルさにつながるわけではありません。
次の段階で扱うのは、
完成されたストーリーではなく、
もっと小さな単位。
つまり、
「1コマ」です。
ビジュアライゼーションは「長編映画」でなくていい
ビジュアライゼーションという言葉から、
多くの人が無意識に思い浮かべているのは、
はっきりとしたストーリーを持つ「映像」です。
- 始まりがあって
- 展開があって
- 成功の場面があって
- 感情もセットで再生される
まるで、
頭の中で長編映画を再生するようなイメージです。
しかし、初期段階を過ぎた次のステップとして、
このやり方は少しハードルが高すぎます。
なぜなら、
長い映像を作ろうとした瞬間に、
- 構成を考える
- つじつまを合わせる
- 途中で途切れないように保つ
といった思考の作業が入り込んでしまうからです。
そうなると、
感じることよりも
「ちゃんと作れているか」を確認する意識が前に出てしまいます。
ビジュアライゼーションで必要なのは、
完成された物語ではありません。
むしろ大切なのは、
- 一瞬だけ立ち上がる感覚
- 断片的な情景
- 言葉になる前の雰囲気
そうした短くて不完全なイメージです。
長編映画のように
最初から最後まで再生しようとしなくていい。
途中で終わってもいいし、
一瞬で消えてもいい。
それでも、その「一瞬」は、
確かに身体や感覚に何かを残します。
ビジュアライゼーションは、
長く保つことよりも、
自然に立ち上がることの方が重要です。
だからこそ、
次に扱う単位は「映画」ではなく、
もっと小さなものになります。
最初は「1コマ」で十分という考え方
ここまで読んで、
「長い映像はいらないのは分かったけれど、
では具体的に何を思い描けばいいのか」
と感じているかもしれません。
そこで意識したいのが、
ビジュアライゼーションを“1コマ”で捉える
という考え方です。
ここで言う「1コマ」とは、
- 成功までの流れ
- 物語としての場面
- 感情が盛り上がるクライマックス
ではありません。
もっとシンプルで、短いものです。
たとえば、
- ある場所に立っている感覚
- ふと胸の奥が静かになる瞬間
- 身体の姿勢が少し整っている感じ
- 周囲の空気だけが、ぼんやりと伝わってくる感覚
それくらいで十分です。
始まりも、終わりも、説明もいらない。
ただ、その一瞬があるだけ。
この「1コマ」は、
頭で作り込もうとすると消えてしまいます。
逆に、
- 落ち着いた状態で
- 評価を挟まず
- 何かが自然に浮かぶのを待つ
そうしていると、
ふと現れて、ふっと消える。
それでいいのです。
多くの人は、
「それだけで意味があるのか?」
と感じるかもしれません。
でも、
ビジュアライゼーションの目的は、
映像を完成させることではありません。
その一瞬の感覚が、
身体や行動の前提になること。
- 姿勢
- 呼吸
- 気分
- 判断の仕方
そうしたものに、
静かに影響していく。
だからこそ、
最初は「1コマ」で十分なのです。
長く保とうとしなくていい。
鮮明にしようとしなくていい。
増やそうとしなくていい。
一瞬で消えても、意味は残る。
それが、
この段階でのビジュアライゼーションの考え方です。
感覚・空気・一瞬だけを扱うということ
「1コマで十分」と言われても、
まだ少し抽象的に感じるかもしれません。
ここで扱いたいのは、
映像そのものよりも、
その場にある感覚や空気です。
たとえば、
- その場所の静けさ
- 身体がどこに触れているか
- 背筋の伸び具合
- 呼吸が通っている感じ
こうしたものは、
はっきりした映像がなくても感じ取れます。
ビジュアライゼーションというと、
「見ること」に意識が向きがちですが、
初期〜次の段階では、
感じることの方が先に立ち上がる場合が多い。
むしろ、
- 何が見えているか
よりも
- そこにいるとき、身体がどうなっているか
に注意を向けた方が、
リアルさは自然に増していきます。
ここで大切なのは、
一瞬でいいという点です。
長く保とうとしなくていい。
繰り返そうとしなくていい。
再現性を求めなくていい。
ほんの一瞬、
- 空気が少し澄んだ感じ
- 身体が安定している感覚
- 判断が静かになっている状態
それが立ち上がって、
すぐに消えてしまっても問題ありません。
その一瞬は、
思考で作ったものではなく、
状態として体験されたものだからです。
そしてこの「状態」は、
後から振り返ってみると、
- 行動の迷いが減っていたり
- 反応が少し遅れていたり
- 無理な力が入らなくなっていたり
という形で、
日常の中に静かに現れてきます。
ビジュアライゼーションを
うまくやろうとしなくていい。
一瞬、感じられたかどうか。
まずは、それだけで十分です。
1コマに入りやすくする、いくつかのコツ
ここまで読んで、
「考え方は分かったけれど、
実際にどうすれば1コマに入りやすくなるのか」
と感じているかもしれません。
大げさな準備や、特別な才能は必要ありません。
少しだけ意識をずらすことで、入り口は見つけやすくなります。
コツ①「作ろう」としない
まず一番大切なのは、
1コマを作り出そうとしないことです。
- 正解のイメージを探さない
- こうあるべき、を置かない
- うまくやろうとしない
何かを生み出そうとした瞬間、
思考が前に出て、感覚は遠のきます。
「浮かんだらラッキー」
そのくらいの距離感が、ちょうどいい。
コツ② 姿勢や接地感に意識を向ける
映像よりも入りやすいのが、
身体の感覚です。
- 椅子に座っているなら、座面に触れている感覚
- 足の裏が床に触れている感じ
- 背中や腰の重さ
ここに意識を向けていると、
自然と頭の中が静かになりやすい。
その延長線上で、
ふっと1コマが立ち上がることがあります。
コツ③ 時間を短く区切る
「5分やろう」「10分続けよう」
と決めると、それだけで負担になります。
最初は30秒でも十分です。
- 1コマが出なくてもOK
- 途中で終わってOK
短く区切ることで、
評価や期待が入りにくくなります。
コツ④ 日常の中でやる
特別な時間を作らなくても構いません。
- 椅子に座って一息ついたとき
- 仕事の合間
- 寝る前に電気を消した直後
こうした切り替えの瞬間は、
1コマに入りやすいタイミングです。
「今、少しだけ感じてみる」
それくらいで十分です。
コツ⑤ 何も起きなくても評価しない
最後に、
一番やりがちで、一番大切なこと。
何も起きなかったとしても、評価しない。
- 今日はダメだった
- 向いていない
- 意味がなかった
こうした判断は、
次の1コマを遠ざけます。
「今日は何も起きなかった」
それだけで終わらせる。
それもまた、
感覚を扱う練習の一部です。
1コマは、いつの間にか日常に滲み出てくる
「1コマ」を扱うビジュアライゼーションは、
やっている最中に
「何かが変わった」と実感できることは、あまり多くありません。
むしろ、その場では、
- すぐ消えた
- よく分からなかった
- 何も起きなかった気がする
そう感じることの方が普通です。
それでも、不思議なことに、
少し時間が経ってから、
日常の中で変化に気づくことがあります。
たとえば、
- 反応する前に、一拍置けている
- 無駄に力が入らなくなっている
- 判断が静かになっている
- 焦りが長引かなくなっている
どれも劇的ではありませんが、
確実に「前とは違う」感覚です。
これは、
1コマの中で体験した状態が、
そのまま日常に持ち込まれているからです。
ビジュアライゼーションは、
未来の映像を頭に焼き付ける作業ではありません。
未来で必要になる状態を、先に体験しておくこと。
1コマで感じた、
- 落ち着き
- 安定感
- 身体の整い
そうしたものが、
行動や判断の前提として、
いつの間にか働き始めます。
だから、
「うまくできているかどうか」を
その場で確認しなくていい。
後から振り返ったときに、
「あれ、少し違うな」と思えれば、
それで十分です。
ビジュアライゼーションのリアルさは、
意識して積み重ねるものではなく、
滲み出てくるものです。
1コマを、
無理に増やさなくていい。
長く保とうとしなくていい。
ただ、ときどき触れる。
それだけで、
リアルさは少しずつ、
あなたの中に定着していきます。
今回のまとめ:リアルさは、作るものではなく育つもの
この記事では、
ビジュアライゼーションの初期段階を過ぎた次のステップとして、
「リアルさ」をどう扱えばいいのかを整理してきました。
ポイントは、とてもシンプルです。
- 最初から長い映像を作らなくていい
- 完成されたストーリーはいらない
- ほんの一瞬の「1コマ」で十分
リアルさは、
意識して作ろうとすると遠ざかります。
むしろ、
- 落ち着いた状態で
- 評価を挟まず
- 感覚や空気に少し触れる
その積み重ねの中で、
いつの間にか育っていくものです。
1コマは、
その場で「できた」と実感するためのものではありません。
後から振り返ったときに、
- 反応が穏やかになっていた
- 判断に余裕が出ていた
- 無駄な力が抜けていた
そう感じられれば、
それで十分役割を果たしています。
ビジュアライゼーションは、
何かを強く思い描く技術ではなく、
在り方を少しずつ整えていく技術です。
焦らず、
ときどき1コマに触れる。
そのくらいの距離感が、
結果的に一番、リアルさにつながっていきます。


























































































































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