歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんがお亡くなりになったようです。
享年77歳。
ちょっと、早すぎますね。
テレビでも俳優として活躍されていました。
それ以上に歌舞伎界には貢献をされていたようです。
そのような内容の記事を読んでいきます。
まずは、全文を読んでみたいと思います。
有名俳優の中村吉右衛門2世の死去により、歌舞伎の世界はその最も偉大な伝説の1つと彼のカリスマ的なオーラを奪われました。
Kichiemon, who set the standard for the quintessential kabuki performer, passed away on Nov. 28 at the age of 77. “I believe that the business of being a kabuki actor was my calling from above,” he would say.
代表的な歌舞伎の定番となった吉右衛門は、11月28日77歳で亡くなりました。「歌舞伎役の仕事は上からの呼びかけだったと思います」と語る。
In recent years, he was not in good health, but he still worked hard to nurture younger kabuki actors, including his nephew Matsumoto Koshiro.
近年は体調が悪いが、甥の松本幸四郎をはじめ、歌舞伎の若手俳優の育成に力を注いできた。
He took pride and considered it his mission in life to pass on to the next generation the kabuki legacy that he himself had inherited.
彼は誇りを持って、彼自身が受け継いだ歌舞伎の遺産を次の世代に引き継ぐことが彼の人生の使命であると考えました。
Among Kichiemon’s most notable roles was that of Benkei, the heroic lead in the popular play “Kanjincho.”
勧進帳の最も注目すべき役割は、人気劇「勧進帳」の主人公である弁慶の役割でした。
He often said that the “goal” of playing that part at age 80 kept him going.
彼はよく、80歳でその役割を演じることの「目標」が彼を動かし続けたと言いました。
We will never see that performance. The many fans of kabuki share that sorrow.
そのパフォーマンスは決して見られません。 歌舞伎の多くのファンはその悲しみを共有しています。
それでは、いつものように1文ずつ文章を細かく見ていこうと思います。
有名俳優(renowned actor)の中村吉右衛門二世の死去により、歌舞伎界はその最も偉大な伝説(greatest legends)の1つと彼のカリスマ的なオーラ(charismatic aura)を奪われました(has been deprived)。
歌舞伎の中村吉右衛門さんが亡くられました。
鬼平犯科帳なんかもやっていた俳優さんでもありました。
歌舞伎界は、偉大な伝説の人とカリスマ的なオーラを失ったと記事では書いています。
“renowned actor”で「有名俳優」です。
“renowned”が「名高い、有名な」という意味です。
“deprive”は「奪う、取り上げる」という意味。
ここでは、“has been deprived”と現在完了の受身形になっていて「奪われた」という受け身の訳になります。
代表的な(quintessential)歌舞伎演者の定番(standard)となった吉右衛門は、11月28日に77歳で亡くなりました(passed away)。
「私は、歌舞伎役者の仕事は天からの呼びかけだった(calling from above)と信じています」と語っていた。
吉右衛門さんが亡くなったのは、先月の28日。
77歳で亡くなったようです。まだまだ若いですよね。
“quintessential”は「典型的な」というような意味。ちょっと難しい単語です。
“calling” ってたまに出てきます。「天職」なんかの意味でも使われます。
近年は、彼は体調が良くなかったが、甥(nephew)の松本幸四郎を含めて、若い歌舞伎役者の育成(nurture)に力を注いできた(worked hard)。
吉右衛門さんは、最近はずっと体調が良くなかったようです。
それでも、若手俳優の育成に尽力してきた。
伝統芸能は、受け継がれていくものですからね。
体調が悪いだけに、余計に自分の持っているものを引き継いでいこうとされていたのかもしれません。
“nephew”は「甥」という意味。姪は”niece”です。
“nurture”は名詞で「育成、養育」、動詞で「育てる、養育する」というそのままの意味です。
“worked hard”で「力を注いできた」と訳しています。
直訳は「激しく働く」って感じ。すなわち、力を注いできたということです。
彼は誇りをもって(took pride)彼自身が受け継いだ(had inherited)歌舞伎の遺産(legacy)を次の世代に引き継ぐ(pass on)ことが彼の人生の使命(mission)であると考えました(considered)。
やはり、吉右衛門さんも引き継いでいくことが大事だと考えていたようです。
自分も先代の役者さんたちから、歌舞伎のいろんなことを引き継いできた。
それを次の世代の人たちに渡していくのが自分の使命だと考えていたようです。
“had inherited”で「受け継いだ」と訳しています。
過去完了形なので、過去に引き継ぎが完了しているということが言い表せます。
“consider”「考える」はよく使う単語です。
「私はこう思う」とかでも”I consider that ~”などと言えば、説明できます。
吉右衛門さんの最も注目すべき(notable)配役は、人気の劇(the popular play)である「勧進帳」の主人公(the heroic lead)である弁慶でした。
吉右衛門さんの一番のはまり役が勧進帳の弁慶だったんでしょうか?
市川団十郎の十八番に「勧進帳」の弁慶もあったと思うんですが…。
見たことがないので、分からないですが、まぁ、勧進帳自体が面白いと思うので、いいなぁと思います。
“notable”で「注目すべき」と表現しています。
“heroic lead”は「主人公」とは言いながら、やっぱり、ヒーロー的な意味合いも含んだ意味です。
彼はよく、80歳でその役(part)を演じるという「目標(goal)」が彼を動かし続けた(kept him going)と言いました。
吉右衛門さんは、80歳になって、勧進帳の弁慶役を演じるのが目標だと言っていたようです。
たぶん、役柄的にも動きが大きく、体力的にも大変な役回りなんだと思います。
それを80歳になってもやるんだという思いで、ずっと演じ続けていた。
でも、77歳で亡くなってしまうことになって、目標は達成できませんでした。
“keep ~ …ing”「~し続ける」というときによく使う表現です。
私たちはもうそのパフォーマンスを決してみられません(never see)。
歌舞伎の多くのファンはその悲しみ(sorrow)を共有しています(share)。
吉右衛門さんはなくなってしまったので、そのパフォーマンスを見ることはもうできません。
なので、歌舞伎ファンは悲しみに暮れています。
そして、その悲しみを共有しています。
今日は、歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんが亡くなったという話を解読しました。
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました
こうぷー
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