
「人類滅亡まで85秒」。
そんな言葉を目にすると、
どこか落ち着かない気持ちになります。
まるで本当に、
私たちの時間があとわずかしか残されていないかのような
強い印象を受けるからです。
ただ、少し調べてみると、
この「85秒」は実際の時間を示すものではなく、
人類が抱えているリスクの大きさを
分かりやすく表現した指標にすぎないことが分かります。
つまりこれは、
「もうすぐ終わる」という宣告ではなく、
私たちがこれまで積み上げてきた選択の結果が、
あまり良い方向に向かっていない
という警告に近いものなのだと思います。
人類全体の未来について考えることは大切です。
けれど同時に、
それと自分自身の人生を
そのまま同一視する必要はないとも感じています。
世界がどうなろうと、
今日をどう生きるか、
誰にどう向き合うか、
どんな行動を選ぶか。
それを決められるのは、
今を生きている自分自身だけだからです。
この記事では、
「人類滅亡まで85秒」という話題をきっかけに、
それでも私が今日も誠実に生きようと思う理由を、
自分なりの言葉で整理してみたいと思います。
「人類滅亡まで85秒」という表現への違和感
「人類滅亡まで85秒」と聞くと、
まるで本当に85秒後に何かが起きるような印象を受けます。
けれど、少し調べてみると、
この「85秒」は、地球誕生から今までの時間でもなければ、
人類誕生からの残り時間でもありません。
実際には、
人類が抱えているリスクの大きさを
象徴的に示すための“指標”に近いもののようです。
つまりこれは、
時計がゼロになった瞬間に何かが起きる、という話ではなく、
「今の人類は、かなり危うい方向に進んでいる」
という状態を、分かりやすく表現したものだと理解しました。
数字が示しているのは「残り時間」ではなく「傾向」
この終末時計が、
これまでで最も安全だったとされるのは、
冷戦が終結した1991年の「17分」。
そこから比べると、
現在の「85秒」は、
人類全体としての危険度が
かなり高まっていることを示しているようです。
とはいえ、
この数字がそのまま
私たち一人ひとりの人生に
直接影響するわけではありません。
明日、突然すべてが終わる、
という話でもない。
ただ、
今を生きている私たちの世代が、
あまり良くない選択を
積み重ねてきた可能性が高い、
というメッセージは、
受け取っておく必要があるのだと思います。
人類全体の問題と、私の人生は同じではない
ここまで考えてみて、
私は一つの距離感が大切だと感じました。
人類全体の未来について、
関心を持つことは大事です。
けれど、
それと自分自身の人生を、
そのまま同一視する必要はない。
私が直接関与できるのは、
せいぜい自分と、
自分のすぐそばにいる人たちまでです。
人類規模の問題を
すべて背負おうとすると、
不安や無力感だけが大きくなります。
だから私は、
人類全体の行く末は
頭の片隅に置きつつも、
自分の人生は、
もう少し別の枠組みで考えたいと思いました。
それでも私が「誠実に生きよう」と思う理由
人類全体の未来を考えると、
正直、楽観できる材料は多くありません。
核の問題、気候変動、分断。
どれも、個人の力でどうこうできる話ではない。
だからといって、
何も考えずに生きることも、
不安に飲み込まれて生きることも、
どちらも違う気がしました。
私が選びたいのは、
自分が直接関与できる範囲で、
誠実に生きることです。
少なくとも、
- 自分に嘘をつかない
- 目の前の人を雑に扱わない
- 誰かの不幸の上に成り立つ選択をしない
そういう行動は、
今日からでも選ぶことができます。
人類全体を救うことはできなくても、
自分と、自分の周りの人たちが
少しでも穏やかに生きられるように行動することはできる。
私は、そこに価値を置きたいと思いました。
小さな行動が、世界をわずかに押し戻すかもしれない
正直に言えば、
一人ひとりの行動が、
終末時計の針を直接動かすかどうかは分かりません。
けれど、
「どうせ無駄だ」と投げてしまうより、
自分ができる範囲で、
人や社会にとってマイナスにならない選択を積み重ねる。
その方が、
少なくとも自分の人生には
納得できると思いました。
それぞれが、
- 自分ができることを考え
- 周囲を少しだけ良くする行動を選び
- 誠実さを手放さずに生きる
そうした積み重ねが、
結果として人類全体の行き先を、
ほんのわずかでも
良い方向に押し戻すことはあるかもしれません。
私は、
その「わずか」に賭けたいと思っています。
この考え方は、
私がこのブログで大切にしている
「人生・生きかた」という軸の一部です。
👉【人生・生きかた|全体の考え方はこちら】
まとめ|世界が不安定でも、選び続けられる生き方
「人類滅亡まで85秒」という言葉は、
不安を煽るためのカウントダウンではなく、
これまでの選択を振り返るための
警告なのだと思います。
人類の未来を、
一人で背負う必要はありません。
けれど、
自分の人生を、
他人や時代のせいにせずに生きることはできる。
世界がどうなろうと、
今日、誰にどう向き合うか。
どんな選択をするか。
その積み重ねだけは、
今も、これからも、
自分の手の中にあります。
私は、
誠実に生きるという選択を、
今日も続けようと思います。
参考
-
終末時計(Doomsday Clock):Bulletin of the Atomic Scientists
(※ 人類のリスクを象徴的に示す指標)

























































































































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