今日は、南スーダンからオリンピックに出場する選手の話です。
2011年に独立した南スーダンの若い選手たちが、前橋市のサポートを受けて練習しているみたいです。
そこに至るまでには、いろいろな苦労があったようで…。
独立したばかりの国のアスリートが、オリンピックに向けてどのように努力しているかの話です。
The first time Abraham Majok Matet Guem competed in a track race, he ran in his black school shoes. Guem – now a 21-year-old Olympian representing South Sudan – was so fast he quickly caught the eye of a coach, who bought him proper running shoes and sportswear.
エイブラハム・マジョク・マテット・ゲムが初めてトラックレースに出場したとき、彼は黒い学校の靴を履いて走りました。 現在南スーダンを代表する21歳のオリンピック選手であるゲムは非常に速かったので、すぐにコーチの目に留まり、コーチは彼に適切なランニングシューズとスポーツウェアを購入しました。
南スーダンの陸上選手のゲムが初めて陸上競技のトラックレースに出場した時、学校の靴で走った。
日本で言うと、バレーシューズみたいなものでしょうか?
靴がなかったんですね。
でも、もともとのポテンシャルが高いものだから、コーチの目にすぐ留まった。
そうして、ちゃんとした靴とスポーツウエアを貰えた。
“I used those for some years, and there was no way when that one got finished that I’d have any money to buy another one or get another pair of shoes,” Guem told CNN’s Blake Essig.
「私はそれらを数年間使用しました、そしてそれが終わったとき、私が別のものを買うか、別の靴を手に入れるためのお金を持っている方法はありませんでした」とゲムはCNNのブレイクエッシグに言いました。
でも、もともと貧乏だったんでしょう。
その貰った靴とスポーツウエアがボロボロになるまで、数年間、使った。
それが使えなくなった時、次のものを買うお金がなかった。
そんな風に、CNNの番組に対して、ゲムは話した。
But as a budding track athlete, his high school intervened – giving him a scholarship and loaning him running shoes, which he gave back to the next student after he graduated.
しかし、新進の陸上競技選手として、彼の高校が介入しました-彼に奨学金を与え、彼にランニングシューズを貸し、彼は卒業後に次の学生にそれを返しました。
でも、そんな時、彼の高校が彼を援助してくれることになった。
奨学金を彼に与え、ランニングシューズを彼に貸した。
そして、彼は卒業後に次の学生に対してそれを返した。
ということは、次の学生を支援したんではないかな?と思います。
“budding”は「芽が出かけた、新進の」という意味。
“bud”が「芽、つぼみ」という意味から来ています。
For aspiring South Sudanese athletes, training has always been a challenge. Many of them, said Guem, struggle to get one square meal a day and train on uneven rocky terrain.
南スーダンの意欲的なアスリートにとって、トレーニングは常に挑戦でした。 ゲムによると、彼らの多くは、1日1食の食事を取り、起伏のある岩の多い地形でトレーニングするのに苦労しています。
ゲムによると、南スーダンのアスリートにとって、トレーニングは常に挑戦だった。
彼らの多くは、1日1食で起伏の多い岩の起伏のあるところでのトレーニングをしなければならない。
“one square meal”で「1回のしっかりした食事」という意味。
“I think around 60% of athletes do not have even a pair of shoes, so they run barefoot,” he added.
「アスリートの約60%は靴さえ持っていないので、裸足で走っていると思います」と彼は付け加えました。
南スーダンのアスリートの60%はちゃんとシューズを持っていない。
なので、裸足で走っていると思う。とゲムは言っています。
ゲムが最初にスクールシューズで走っていたよりも、さらに悪い状況です。
In 2011, South Sudan gained independence and became the world’s youngest country. But civil war erupted two years later, killing an estimated 400,000 people and forcing millions from their homes to create Africa’s biggest refugee crisis and the world’s third-largest after Syria and Afghanistan.
2011年、南スーダンは独立を獲得し、世界で最も若い国になりました。 しかし、内戦は2年後に勃発し、推定40万人が死亡し、数百万人が家を追われてアフリカ最大の難民危機を引き起こし、シリアとアフガニスタンに次ぐ世界第3位の危機を引き起こしました。
ここから、南スーダンという国の説明に入っていきます。
南スーダンは2011年に独立をした国です。
世界で最も若い国だそうです。
独立して今年でちょうど10年目。
よくあることで、独立してからも内戦が続いていた。
そして、推定40万人が死亡し、数百万人の難民が家を追われた。
その難民の規模は、シリアとアフガニスタンに次ぐ、史上3位の多さだった。
Despite the hardships, running kept Guem going. At the 2019 Africa Games held in Morocco, he broke South Sudan’s national record for the 1,500 meters and was selected to become part of his country’s Olympic team.
困難にもかかわらず、走ることはゲムを前進し続けました。 モロッコで開催された2019アフリカ競技大会で、彼は南スーダンの1,500メートルの全国記録を破り、彼の国のオリンピックチームの一員に選ばれました。
母国がそのような状態であったけれども、ゲムは走ることを続けた。
2019年にモロッコで開催されたアフリカの競技大会で、ゲムは1,500mの南スーダン記録を突破した。
そして、南スーダンのオリンピックチームの一員になることができた。
ずっと走ることの努力を続けたことで、ゲムはついにオリンピックチームに入ることができた。
Since November 2019, he and three other South Sudanese athletes and their coach have been living and training in the small Japanese city of Maebashi in Gunma prefecture – around a two-hour drive from Tokyo.
2019年11月以来、彼と他の3人の南スーダンのアスリートとそのコーチは、東京から車で約2時間、群馬県の日本の小さな都市前橋に住み、トレーニングを行っています。
2019年の11月以降、南スーダンのオリンピックチームは群馬県の前橋市でトレーニングを行っている。
コロナ前からということですかね。
2020年の夏にもともと東京オリンピックは予定されていたので、半年近くを日本でトレーニングというイメージだったんだと思います。
それが、1年延期になって以降も、前橋に留まって、トレーニングを継続しているようです。
While many Japanese towns and cities that signed up to host Olympic teams have been forced to rethink their plans due to the ongoing pandemic, Maebashi is an exception.
オリンピックチームを主催するために参加した多くの日本の町や都市は、パンデミックが続いているために計画を再考することを余儀なくされていますが、前橋は例外です。
日本のいろんな町や都市は、コロナによって、各国のオリンピックチームをホストすることについて、再考している。
財政的な問題などもいろいろあるんでしょう。
でも、前橋は例外で、継続して南スーダンオリンピックチームをホストし続けている。
When the pandemic delayed the Games by one year, the city of 350,000 people raised almost $300,000 nationwide in taxes and donations like running shoes and athletic gear in December 2020 to ensure the Olympians and their coach could stay on in Maebashi – and cement an Olympic legacy.
パンデミックが大会を1年遅らせたとき、オリンピックを確実にし、オリンピック選手とそのコーチが前橋に留まり、オリンピックの遺産を確固たるものにするために、2020年12月に前橋の35万人の人々が、全国で約30万ドルの負担とランニングシューズや運動器具などの寄付を集めました。
コロナの世界的な流行で、東京オリンピックが1年延期になった。
それでも、南スーダンの選手とコーチたちが前橋に留まって、オリンピックを確実にするために、前橋の35万人の人たちが動いた。
南スーダンの選手たちのために、全国で30万ドル(3,000万円以上)の寄付やランニングシューズや運動器具を集めた。
Guem said he and his team’s mission is to promote the importance of unity at home in South Sudan. The 1,500m runner said he sought to represent South Sudanese states other than his own at local and national competitions.
ゲムは、彼と彼のチームの使命は、南スーダン自国での団結の重要性を促進することであると語った。 1,500メートルのランナーは、彼の地元や全国大会以外では、南スーダンの国を代表しようとしたと述べました。
ゲムは、彼とオリンピックチームの使命は、南スーダンとしての団結の重要性を促進することだと語った。
ゲムは、自分の地元のレースや南スーダン内でのレース以外では、南スーダンを代表する選手として行動しようとしたと言っている。
すなわち、南スーダンの中で争うのではなく、南スーダンとして団結したいという思いがあるんでしょう。
“I’ve never competed for my hometown or my state but always for other states to show my love for them and that they are all equal,” he said.
「私は自分の故郷や州をめぐって競争したことはありませんが、常に他の州が彼らへの愛を示し、それらがすべて平等であることを示しています」と彼は言いました。
ゲムは自分の故郷や州のために競走したことはないと言っています。
でも、常に他の州に対しての愛を示し、みんなが平等であるということを示していると言っています。
常に国の代表だということを意識しているということを言っているのでしょうか?
That thinking is in line with a South Sudanese sports festival dubbed “National Unity Day,” which has been co-organized by the Japan International Cooperation Agency (JICA), a government agency supporting growth in other countries, and the South Sudan Ministry of Culture, Youth and Sports. In its fifth year, that event brings together young people from all over South Sudan.
その考えは、他国の成長を支援する政府機関である国際協力機構(JICA)と南スーダン文化、青少年、スポーツ省が共催した「全国統一デー」と呼ばれる南スーダンのスポーツフェスティバルに沿ったものです。5年目となるこのイベントには、南スーダン全土から集まった若者たちが集まります。
ゲムのこの考えは、日本が外国を支援している団体であるJICAや南スーダンの文化、青少年、スポーツに関係する省庁が共催した「全国統一デー」の考えにも沿っている。
5年目を迎えたこのイベントには、南スーダン全土から若者たちが集まります。
While the participants come from different tribes and ethnic groups that might not see eye-to-eye, the sports festival provides a space for them to find common ground.
参加者は、目と目が合わないかもしれないさまざまな部族や民族から来ていますが、スポーツフェスティバルは彼らが共通の基盤を見つけるためのスペースを提供します。
参加者には、お互いが、目と目を合わそうともしないような部族や民族からも参加しています。
でも、スポーツフェスティバルでは、そんな人たちでも共通の基盤を見つけられるような場所を提供している。
それで、みんなが仲良くなれればよいと思っているんだと思います。
The youths, for instance, all sleep in the same building, dine together, and can interact freely, and get to know each other, said Guem, who took part in 2016.
たとえば、若者たちは全員同じ建物で寝て、一緒に食事をし、自由に交流し、お互いを知ることができると、2016年に参加したゲムは述べています。
全国から若者が集まって、イベントに参加するので、寝泊まりも同じ建物で行うことになります。
そうすることで、一緒に食事をしたり、交流をすることができる。
実際に2016年のフェスティバルに参加したゲムは、そのように話をしています。
“Sports is one unifying factor that is very necessary for a country like South Sudan,” he added. “When you have war, and you are always kept apart, you don’t come together. And I’m sure the guys went back with different mindsets about others.”
「スポーツは南スーダンのような国にとって非常に必要な統一要素の1つです」と彼は付け加えました。 「あなたが戦争をしていて、いつも離れているとき、あなたは一緒になりません。そして、彼らは他の人について異なる考え方で戻ってきたと確信しています。」
ゲム曰く、スポーツは南スーダンのような国にとっては、国を一つにするための重要な要素である。
戦争をしていて、分離されているとき、一緒になることはできない。
そして、イベントが終わった後、みんな違う考え方になって、それぞれの場所に戻っていったと確信している。とゲムは言っている。
そのようにして、国が一つにまとまっていくのかもしれません。
今日の話はこれで終わりです。
誕生して間もない国では、まだまだ国の中でもまとまりができないですが、スポーツによってまとまることができるという話だったと思います。
明日もまた、頑張ります。
こうぷー
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